同情するなら金をくれ
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「……く、首……」
「比奈ちゃん?」

 と、先輩の横にしゃがみ込んだ比奈が、彼のシャツを掴んでぷるぷると震えながら目を潤ませた。

「くびいぃぃぃ」
「え」

 そして泣き出した。

「死んじゃいやだー」
「あの」

 よく見れば、先輩の首筋にはうっすらと指の痕がついている。それを見て、彼が首を絞められる映像を思い出してしまったのだろう。それと、比奈は無意識だったかもしれないが、きっと緊張の糸も切れたのだ。
 先輩が、ゆっくりと腕を伸ばして比奈の頭に触れた。慈しむような繊細な動きで、指が飴色の髪を梳く。

「死んでない、よ」
「うー」
「ありがと」

 未だぐずる比奈に、先輩がとてもきれいな笑みをこぼした。あたしからは横顔しか見えなかったけれど、それでも分かる。あんなに素直に笑った先輩を見るのは初めてだ、と。
 だって、彫刻のように完全な造形のはずな彼の横顔は、とても人間的だった。



「一番星みっけー」
「あれ、飛行機じゃない」
「えー」

 先輩の家からの帰り道、ぽてぽてと歩く比奈は、さっきの出来事なんてすっかり忘れたように底抜けに明るく笑っている。
 結局、個人的な事情があるのだろうと思うと聞くに聞けずうやむやになってしまい、あの男が何者だったのかは分からずじまいだ。
 先輩に、あたしたちに全てをさらけ出す義務はもちろんないし、彼が言いたくないことなら黙っていればいい。ただ、少し気になるのは、あの部屋に、先輩以外が暮らしているような形跡がなかったことだ。「親と仲良くないからさ」、一人暮らし、着物の男、寂しそうな横顔……つながりそうで、つながらない。こういう詮索を、彼は厭うだろうか。

「あれは? ねえ、あれは?」
「あれは……星かな?」
「だよねだよね!」

 それでも、心配くらいはさせてほしい。なんだかんだ言ったって、彼はあたしに取って大事な、先輩なのだから。
 そうして、梅雨明け宣言とともに夏が来た。

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