海に恋して君に恋して
01

「憎いわ」
「え?」
「そのつるつるの肌。アタシに負けず劣らず不摂生なくせして……」
「はは……」

 佳美さんの家の寝室は、白と緑を基調としたシンプルで落ち着いたたたずまいだった。そのせいか、ベッドの上から垂れる天蓋が奇妙だ。床に敷かれたラグは円形をぐるりとバラのモチーフが囲っている。カーテンはひらひらのレースで、遮光機能など持ち合わせてはいなさそうだ。
 細部にいたるまで抜かりなく統一された部屋で、ひとつ異質なものがあるとすれば、それはベッドのサイドボードに置かれた灰皿と、数本の吸殻だ。この部屋にはあまり、似合わない。
 新しい煙草の煙が、俺の鼻孔をくすぐった。

「どう、あの家、住み心地は」
「最高ですよ。オートロックはないけど、別に俺男だし、ペットOKだし」
「ペット?」
「最近、猫を」
「へぇ」

 ベッドに腰掛けて、脱ぎ捨てたジーンズに足を通す。それから、ベッドの横に落ちていたTシャツに手を伸ばす。
 背後では相変わらず、佳美さんがうつ伏せになったままの体勢で煙草をふかしているのだろう。深呼吸が、加湿器の稼動音に合わせて静かに響いている。

「尚人が猫なんて、変ね」
「変でしょうか」
「変と言うか、どういう風の吹き回しなの」
「……高校の後輩が、雨の日に猫を拾ったんです。それを、貰い受けて」
「ふぅん」

 Tシャツの穴から首を出し、髪の毛を軽く整えて一息ついて振り返る。退屈そうに寝煙草をする佳美さんが、こちらを一瞥して目を閉じた。それから、ため息のように煙を吐き出して、サイドボードに置かれていた茶封筒を掴んだ。

「はい、これ。ないと困るでしょう」
「……いつもすみません」

 中身は、金と錠剤だ。必要以上の金は受け取らないと決めているのが、彼女には不服らしい。
 謝れば、つまんない、の言葉と一緒に、煙が俺の顔面に吹きかけられる。バニラのようなそうでないような甘ったるい香りがする、妙な煙草だ。

「もっと、ヒモらしくたかってみてよ」
「あなたは俺に何を求めてるんですか」
「上質なセックス?」
「……お金は、いつか必ず返します」
「いっちょ前に自立宣言? ヒモが金返すなんて聞いたことないわよ、つまんない男」

 あんたは一生、アタシのツバメちゃんでいればよかったのに。くすくす笑って佳美さんはそんなことを冗談じみた口調で言う。
 花の命というものは儚いものだ。
 肌がきれいなのは、ただ若いからで、いつか努力をしても今のような状態にはならないようになる。きっと若い頃はさぞ美しかっただろう佳美さんも、今でももちろんきれいだけど、やはり昔と同じようにとはいかないらしい。
 一生ツバメではいられない。人間の命などいつ終わってしまうのかも分からないのに、頼りきることは危険だ。