OMAKE
かふんしょう
比奈は花粉症だ。春先になると鼻がかゆいとか言い出す。比奈と迎える、初めての春は、花粉症というオマケつきだった。
で、俺は不機嫌になっている。
「先輩? どーしたですか?」
「別にー」
手をつなぎながらの帰り道、俺がちょっと不機嫌なのを珍しく察知した比奈が、きょとんと首をかしげて聞いてくる。原因はそれ、それなの。
比奈の、口と鼻を覆っている、可愛くないマスク。
「先輩も花粉症なの? だからご機嫌悪いです?」
「ううん。俺はいたって健康」
はくちょん、と比奈が小さくくしゃみをした。それから、むう、とたぶん唇を尖らせているんだろうけど見えなくて、そう唸ってずずっと鼻をすする。
くそう。比奈の可愛い顔が半分も隠れてる。俺は今日比奈の顔をまともに見ていないぞ。
あ、今不機嫌の理由が馬鹿っぽいとか思ったでしょ。残念だったね、俺はもともと馬鹿ですよ。
「目がむずむずする……」
「耳鼻科で、診てもらったら?」
「耳鼻科!」
「ん?」
「じ、耳鼻科、比奈きらい」
だろうな。俺もそんなにお世話になったことはないけど、たしか鼻の穴に器具突っ込まれていろいろやられるんだよな。痛いだろうな。比奈は歯医者とか耳鼻科とか、嫌いそう。
「じゃあ、内科に行ってさ、お薬もらってきたら?」
「んー」
「ね。アレルギーに効く薬とか、あるんでしょ?」
「ちゅ、注射されない?」
「分かんない。じゃあ……ほらあれ、点鼻薬? 鼻にしゅってするやつ」
「あれって、痛くないの?」
「知らないけど」
うう、代替案をことごとく却下されて、比奈がマスクを外す気もなさそうで、くじけそうだ。
頭をフル回転させて、花粉症に効くあれこれを考えていると、比奈が不思議そうに呟く。
「なんで先輩は花粉症じゃないのに、そんな一生懸命なんですか?」
「それは……」
そこで、比奈のマンションの前に着いてしまう。比奈がふっと手を離して、マンションのほうへ体を傾けかけたその腕を取った。
「せん……」
「ね、あると邪魔でしょ」
「……」
比奈の顔半分を覆うマスク越しに比奈の唇を奪う。比奈は、みるみる顔を真っ赤にさせて、ばちっと音がしそうなくらいの勢いで手で頬を覆った。
「比奈は邪魔だと思わない?」
「……」
「ね。だから、病院行って。お願いだから」
「……」
比奈は、こくこくと頷いて、うつむいて、小さな声で言う。
「じゃ、邪魔だとおもう」
「でしょ? 比奈の花粉症治ったら、いっぱいキスできるよ」
ぷしゅ、と比奈が顔をトマトみたいに赤くして、頬を覆ったままこっくり頷いた。
可愛いな。これはだいぶ可愛いな。なんか、ぐぐっとみぞおちから喉にかけてせり上がる何かがある。
顔を赤くしたままマンションの中に入っていった比奈を見送って一人、俺は小さくくしゃみをした。
あれ……。
20130920