OMAKE
スキャンダラスな彼の告白

 高校生のころ、比奈に出会うまでの俺はそりゃあもう遊びに遊んでいたので、こういう記事が出てくるのも仕方ないなあ、とは思う。
 CMや雑誌のグラビア撮影の共演者を次々と毒牙にかけて遊んでいるのが、柳尚人という男らしい。

「なんで、先輩こんないっぱい書かれちゃうですか?」
「……それはね、因果応報という言葉があってだね」

 不思議そうにする比奈に、苦笑いする。比奈はココアを飲んで、俺はコーヒーを飲んでいる。比奈の手元にある週刊誌では、なぜか俺が、この間CMで共演した女優さんとホテルに行ったことになっている。行ってねーよ。
 だいたいなんでこんな不健全極まりない週刊誌を比奈が持っているかと言うと、拓人が持ってきたのだ。また書かれているぞ、と若干不機嫌そうに呟いて、置いて行った。
 自分で言うのもなんだけど、俺の売りは人間離れした美貌でありまして。その人間離れした人間の人間臭い部分を見つけたらネタにしたくもなるだろうというのは分かる。
 つまり、俺の過去をあさっている記者がいるのだ。
 そりゃ、過去を検索すれば、俺の悪行なんかいろいろ出てくるだろうよ。女の子とっかえひっかえして遊んでましたよ。やらなくても、ホテルに入ればやったことになっちゃうしね。
 実際のところを言うと、俺は遊んでいた人数のわりには、そんなにやってない。気分が乗らないときはわざわざ生理中の女の子と遊んで添い寝していただけなんてことも多々あるけど。
 でも、女の子としてはやっぱり、やらなかったイコール自分に性的な魅力がない、と思われるのがいやだから、記者に聞かれればやりましたと答えるしかないのだろう。
 で、結果が俺は遊び人であるという格付けなのである。

「因果応報? なんで?」
「ほら、その、比奈と付き合う前のいろいろとか、女の子が話しちゃうとさ」
「いろいろって?」
「……」

 俺のことを、とっても優しくて格好良くて素敵な先輩だと思っている比奈には死んでも言えない事実である。
 自分勝手だけど、そういう過去が、全部なかったことになるならいいのにな、と思う。
 比奈に、自分の素敵な部分だけ見せていたいと思うし、別に格好悪いところを見せてもいいんだけど、女の子と遊んでたっていうのは、それとはまた違う一面で。
 そっと、比奈の手から週刊誌を奪いテーブルに置いて、その細い体を抱き寄せて頭を撫でる。

「せ、先輩?」
「俺は、比奈だけだよ」
「ん?」
「女の子とホテルなんか、行ってないからね」
「……比奈は、ちゃんと分かっているのですよ」

 ぱちぱちとまばたきをして、比奈がふにゃっと笑う。
 別に、遊び人と世間に思われてもいい。共演者食ってると思われたって、仕事がなくならないならそれでいい。
 比奈がそう言ってくれるなら、なんでもいい。世の中の人の目に俺がどう映るかなんて。
 比奈をますます強く抱きしめて、すん、と首筋の匂いを嗅ぐ。シャンプーのいい匂いがする。鼻をぐりぐり押しつけると、比奈がくすぐったそうにむずかったので、思わずそこにキスが落ちる。

「ひゃ……」
「ありがと」
「んっ?」

 そのまま比奈の顔を引き寄せてキスをしようとしたところで。

「せ、先輩、お電話鳴ってる」
「……この音は仕事用の音なので、出る必要が、ありません」
「え、え、でも」
「比奈は俺とちゅーしたくないの?」
「えっえっ」

 やっと着信音が止まったと思ったら、今度はプライベートな着信音がした。

「せんぱい」
「……このコンボは間違いなく拓人なので、出る必要が、ありません」
「た、拓人さん出てあげなきゃ」
「比奈。この状況でほかの男の名前呼ぶなんていい度胸してるね」
「え? でも、でも、拓人さん」
「……」

 なむさん。万事休す。
 俺はしぶしぶテーブルの上の携帯を取った。

「もしもし」
『Oh,不機嫌だな』
「不機嫌にもなるよ。用件は何」
『例の記事の記者だけどな、名誉棄損で告訴する方針でいこうと思うんだが』
「それ今言わなきゃいけないこと?」
『今決めたからな。なんだ、取り込み中か?』
「別に。もう終わりなら切るよ」
『ああ、あと明日の撮影の時間が変更になって……』

 結局、拓人は仕事の予定変更と新たな仕事のスケジュールを長々と話し、電話を切ったときにはすでに、比奈の醸し出していたあまーい雰囲気はすっかり削がれていて、彼女はココアのおかわりをつくりにキッチンに消えていた。
 あんちきしょうの拓人は、できるだけ苦しんで死ねばいい。


20130920