OMAKE
みんなだいすき

「おい柳! お前の父ちゃん柳尚人なんだろ!」
「それが?」
「知ってんだぜ、お前の父ちゃん、裸の写真撮られる仕事なんだろ!」
「それが?」
「うわーマジなんだ、恥ずかしー!」
「なんで?」
「なんでって、お前、自分の父ちゃんが恥ずかしい仕事してんのに、恥ずかしくねーのかよ!」
「別に。裸ばっかりなわけじゃないし」
「で、でも裸のエッチな写真も撮るんだろ!」
「だから何なの? パパは家でも裸だし」
「……エッチな奴の子供なんか、遊びに入れてやらねーからな!」
「あんたたちの遊び、楽しくないから別にいい」
「……か、母さんに言いつけてやるー!」

 走り去っていく男子を、友達が睨みつけている。あたしは、ぼんやりとそれを眺めながら、ため息をついた。

「彩奈、カッコいい!」
「そうなの?」
「私だったら、あんなこと言われたら泣いちゃう……」
「だって、事実なんだから泣いてもしょうがないじゃん」
「裸でエッチな写真撮ってても、彩奈のパパはカッコいいから軽蔑しないよ!」
「……パパは別にエッチな写真撮ってるわけじゃないよ」

 たぶん。

「ただいまー」

 家に帰ると、パパがいた。今日はお仕事が入っていたんじゃなかったっけ? 朝そんなことをママに言っていたような。と思っていると、拓人伯父さんもいた。

「お帰り。彩」
「アヤ、学校は楽しかったかい?」
「そうでもない」
「えっ」

 拓人伯父さんは、驚いたような顔をしていたけど、パパはちょっと嫌な顔をして呟いた。

「またいじめられたの?」
「うん。パパは裸でエッチな写真撮るお仕事って言われた」
「……」
「なんだって。ちゃんと言い返したのか?」
「うん。パパは家でも裸だから別にって言った」
「彩奈……」
「お前、家でも裸なのか」
「風呂上りだけだよ。パンツはいてるし」

 拓人おじさんは、フム、と何か考えるように唸ってから、あたしにチョコレートをくれた。今日のパパのお仕事の差し入れだったんだって。
 チョコレートを食べながら、そういえばママがいないことに気がつく。

「ああ、ヒナなら買い物に出かけた」
「ふうん。ねえ、伯父さん」
「何だ?」
「パパって、ほんとうにエッチな写真撮る仕事なの?」
「アヤ、それは断じて違う。ああいうのはsexyと言うんだ」
「セクシー?」
「そう。色気と性を一緒にしてはいけない」
「……よく分かんないけど……パパは裸の写真ばっかり撮ってるわけじゃないんでしょう?」
「当たり前だ。服を着ているほうが多いに決まっている。ヒサトはファッションモデルだぞ」

 だったら、あの男子たちが思っている仕事とは全然違うんだから、あたしは胸を張っていればいいんだわ。
 ちょっと安心して、背負っていたランドセルを下ろして、拓人伯父さんがいれてくれたコーヒーに豆乳を入れて飲む。飲んでいると、だんだん悔しくなってきた。何よ、パパのこと、何も知らないくせに勝手なこと言って。

「彩?」
「ぱ、っぱぱは、えっちな、お仕事じゃないのに……」
「……よしよし。彩はがんばったね。ありがとう」
「うえーん!」

 パパに抱きついて思いっきり泣く。パパの体はあったかくて、背中を撫でてくれるてのひらはとても大きい。拓人伯父さんは、あたしの頭を撫でながら呟いた。

「大人びているけど、まだ四年生だからな……」
「ただいまー」
「あ、ほら、彩、ママが帰ってきた」

 パパがにっこり微笑んだ。リビングの入り口を見ると、買い物袋を抱えた隼人がいた。

「あのねー、帰りにはやたんと会ったから、お荷物持ちしてもらっ……彩ちゃん?」
「彩奈! なんで泣いてるんだ!」

 荷物を放り出して、隼人があたしをパパから奪って抱っこする。よしよしされながら、隼人の制服に思いっきり鼻水をつける。大丈夫、怒られないの、知ってるもん。

「彩? 父さんにいじめられたか?」
「なんで俺がそんなことをしなければならない」
「誰だ! 俺の彩奈を泣かせたのは誰だ!」
「隼人、落ち着きなよ」
「クラスの男の子が、ヒサトの悪口を言ったそうだ」
「小学生の分際で、よくも彩奈を泣かせてくれたな……」

 隼人の顔が険しくなるけど、あたしがずびずび泣いているのを見て、途端に優しい顔になる。そして、私の背中をなでなでしながら、ぼそっと呟いた。

「彩、明日は俺が、小学校まで迎えに行くからな」
「い、いいよ」
「なんでだ! 俺は彩奈を泣かせた奴らを粛清しなきゃ気が済まない!」
「隼人、話がよけいややこしくなるから。子供のけんかに、親はともかく従兄が出てくるなんて卑怯だよ」
「彩奈を泣かせた奴らが卑怯じゃないっていうのかよ、叔父さん!」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「隼人、あたし大丈夫だよ」
「彩……」

 涙は止まった。だって、こんなに優しい人たちがいるのに、あんな馬鹿みたいな悪口に泣くのは、それこそ馬鹿みたいだ。

「まあ、男の子が彩の悪口言った理由も、なんとなく分かるしね」
「ああ……まあそうだな」
「なんで?」
「そりゃあ、ほら、男の子には、そういう心理があるだろ。好きな子ほど、いじめたいって」
「好きな女の子をいじめて嫌われたら元も子もないだろう」
「いや、小さい子はそんなこと考えてないよ。関心を引きたいだけ」

 ふうん。そうなんだ。

「お前の父ちゃん、エロい仕事してんだろ!」
「……」
「お前の父ちゃんエーロースー!」
「……」
「ちょっと男子、やめなよ!」
「どうせお前もエロいんだろ!」
「ねえ。あんたあたしのこと、好きなの?」
「……! 好きじゃねーし! ば、ば、馬鹿じゃねーの!?」
「だって、隼人が言ってたよ。好きな子ほどいじめたいって」
「誰だよ!」
「従兄」
「お、お前そいつのこと好きなのかよ!」
「……好きだよ?」
「し、死ねよ! ばーか! ばーか!」

 隼人も大好きだし、拓人伯父さんも梨乃伯母さんもパパもママも、皆大好き。そう言おうとしたのだけど、男子は走っていってしまった。

「彩奈ちゃん、カッコよかった!」
「そうなの?」
「男子、彩奈が可愛いからいじめたいだけなのよ!」
「あたし、可愛いかな」
「可愛いよ!」

 こんな人形みたいな顔、可愛くないと思うけどな。でもまあ、いいや。
 下校時間になって教室を出て校門に向かうと、そこには隼人が立っていた。いいって言ったのに。

「隼人」
「おっ。彩奈。お帰り!」
「ただいま。なんでいるの?」

 隼人が、ランドセルをしょっているのにあたしを軽々と抱っこした。

「やっぱり心配になって……」
「学校は?」
「早引けに決まってんだろ!」
「学校はちゃんと行かなきゃだめだよ」
「分かってるよ」
「おい、柳!」
「ん? なんだこのガキ」
「そいつ誰だよ!」
「従兄」
「……!」

 休み時間に私をいじめに来た男子が、顔を青ざめさせて走り去っていった。あたしがきょとんとしていると、隼人は顔をしかめた。

「アイツにいじめられてんのか?」
「主に、そう」
「ふーん……」
「彩奈ちゃん、その人、だあれ?」
「従兄のお兄ちゃん」
「あっ、彩奈の好きな人かあ!」
「彩奈!? そうなの!?」
「うん。隼人も伯父さんも伯母さんも、パパもママも、大好き」
「あ……そう、か……」

 なんだかがっくりした感じの隼人に、降ろしてもらって、一緒に帰るので友達にバイバイする。手をつないで歩きながら、隼人はなんだかやさぐれていた。

「隼人? なんか元気ない?」
「いや、別に……」

 明らかに別にって感じではないけど、隼人もいろいろあるんだろうな、と思ってそっとしておくことにした。


20130329