OMAKE
ジグソーパズル

 意外だった。比奈は頭がいいし、こういうことも得意なんだって、別に比奈がこれをやっているところを想像していたわけじゃないけど、苦手だとは考えもしていなかった。
 黒いチョコレート色のショートヘアを揺らして、比奈はうんうんと唸りながら、ようやくその破片をはめた。

「こ、ここじゃない……」
「空の部分はちょっと、難しいね」

 拓人が、仕事先でもらったというのを俺の部屋に持ってきてそのまま置きっぱなしにしていたのを発見した比奈がやりたがったので、無断(一応メールしたけど、返事がこない)で開封してプレイしている。そう、ジグソーパズル。箱には二千ピースと表記してあって、モン・サン・ミシェルの風景が完成図として印刷されている。二千ピースって。気が遠くなりそう。
 とりあえず、手当たり次第、行き当たりばったりにはじめようとした比奈に、俺は部分ごとに破片を分けてみてはどうかと提案し、今に至る。つまり、空のピースとか、城のピースとかごとに分類して部分ごとに攻めようという作戦だ。あと、端っこのピースはもう完成している。額縁のように端っこだけ見事にはまっている。

「これは?」
「ここじゃない!」
「うーん、じゃあ、こっち?」
「こっちじゃなあい!」

 俺は自分が気が長いほうだって自覚している。もしかしたらこういうパズル向けの性格をしているのかもしれない。でも比奈は違うみたい。

「もーやだー! 先輩やって!」
「比奈がやりたいって言ったんじゃん」
「これ難しい!」

 とは言ってもだな。俺だって、性格がパズル向きでも洞察力とか想像力とかそういうのは全然パズルに向いていないわけで……。
 床にピースを散らばして、ふたりで頭を突き合わせて唸る。ふと比奈のほうを見ると、制服のまま体育座りなんかするから、パンツ見えてる。

「比奈。パンツ見えるからその座り方、駄目」
「みっ! 先輩のえっち!」
「知ってる。でも、パンツ見えるよ」
「うう」

 比奈が立てていた膝をぺたっと床につけて、正座を崩した座り方に変えた。言わなきゃよかったな、とかなんとか不埒なことを考えつつ、パズルを悔しそうに眺めている顔のほうに視線を持っていく。不満そうに尖った唇が可愛くて、俺は思わず比奈の頭を撫でた。

「う? んむ!」

 撫でて、比奈の意識と顔がこちらを向いたところを見逃さず、キスをする。甘い甘い、軽いキス。まだまだ、大人のキスなんか全然慣れていない比奈に、遠慮したつもりだったけど、それでも顔を真っ赤にして自分の唇を両手で隠した。
可愛いな。

「何するですか!」
「可愛かったから」
「むむ!」

 ぽこぽこと茹で上がっていく顔を見ながら、へらへらしているだろう顔を隠しもせずチョコレート色の髪の毛を撫で擦っていると、チャイムが鳴って、玄関のドアが開く音がした。チャイムを鳴らすとは、珍しいな。

「ciao! ご機嫌いかがかな……おや、それは」
「拓人、メール見た?」
「いや、見ていない。そもそも俺はGiapponeseが読めないから意味がない」
「全編ローマ字で送ったよ」
「できたか?」
「全然できないよ。俺たち向いてないみたい」

 携帯をチェックして、ああ、と頷いた拓人が、ジグソーパズルの前にしゃがみこんでピースをひとつ取った。

「俺が、これが好きなことを知っているスタッフがいて、それでくれたんだ」
「じゃあなんで俺のとこに置きっぱにしていったの」
「忘れていた。紛失したと思っていたんだが。できないなら、持って帰るぞ」
「ご自由にどうぞ」
「ところでヒナ、どうしてそんなに顔を赤くしているの?」
「……! 拓人さんの、おばかー!」
「なぜだ」


20130414