OMAKE
女王様、お手をどうぞ

「じゃあ、あたしの靴にキスしてみて」

 理不尽な要求を前に、俺はぐっと押し黙った。自分が悪い。そんなことは分かっているのだが、どうしてもプライドが、というか人間としての尊厳がその罪悪感をカバーして有り余る。
 だいたい俺は、どちらかというと攻めたいほうなんだ。言葉で、というのは日本語に少し自信がないから置いておいて、精神的に優位でありたい。

「できないの?」

 土下座している俺に、リノが上から目線で迫ってくる。せめてこれが素足なら存分にしゃぶりつくすところだが……残念なことに彼女は靴を履いている。
 説明しよう。ただいま俺は、ヒサトの撮影現場裏で、愛する妻の厳しいお叱りを受けている。理由は、その、うん、俺が全面的に悪い。だからプライドを折り曲げてくちゃくちゃに放り出して、土下座している。そこは認めよう。
 だがさすがに靴にキスというのは……人間としての尊厳が傷つくというか、越えてはいけない一線というか……。

「そう。それくらいの謝罪の気持ちだったわけね。よく分かりました」
「ま、待ってくれ!」

 リノの足首にすがりつく。リノの腕に抱えられた隼人までもが、なんだか俺を見下しているような気がする。
 ここで靴にキスして許してもらうのがいいのか、男としての尊厳を守るほうがいいのか。俺は考え考え考え抜いた。

「リノ……」
「何?」
「せめて靴を脱いでくれないか」
「……変態なのは知ってたわ」

 ぷるぷると震えたリノが、靴を脱いだ。こうなればこっちのもの! ……と思いきや。

「いっぺん地獄へ落ちろッ!」
「ahi!」

 靴が土下座している顔目がけて飛んできた。思わず顔を手で守って目をつぶっているうちに、リノはまた靴を履いてしまった。そして、隼人を抱えなおし、ふんっと俺に背を向けてスタジオの出口のほうへ行ってしまった。

「リノ!」
「拓人、俺の携帯…………何してんの?」

 みっともなく膝をついているところに、ヒサトがやってきて、ぽかんとした顔をしていたが、リノの背中と俺の格好を見て、合点がいったように何度か頷いた。

「リノの足を愛で損ねた……」
「何言ってんの? 変態なの?」


20120915