OMAKE
笑顔

 保健室には鍵がかかっていた。どうやら先生は留守らしい。
 が、耳を澄ますと保健室からかすかに声が漏れ聞こえる。不思議に思って、校庭に続く勝手口の窓から中を見る。誰もいない。なに、ホラー?
 あたしは、静かに勝手口を開けた。ドアは開いていた。静かにドアを閉めて、声のするベッドのほうへ向かう。
 くすくす、くすくす。女の笑い声だ。不気味、ほんとうにお化け? こんな真昼から?
 ベッドを覆うようなカーテンの隙間からそっと覗き込む。お化けは別に怖くない。
 目に飛び込んできたのは、あまりに脱力感を誘うものだった。

「……先輩、何してるんですか」
「うわあ、梨乃ちゃん?」

 半裸の男女がたわむれている。と言えば伝わるのだろうか。男はよく見知った顔、女は、たぶん同級生で違うクラスの子。あたしは、カーテンを盛大に開いた。

「ちょっと、俺たち裸」
「こんなところで裸になってるほうが悪いんです」

 なぜか、イライラする。尚人先輩が、女といると、なぜかイライラするのだ。
 好きなわけはない。そんなのはありえない。ただ、女といるときの先輩の表情が、無性にイライラを募らせる。透明で、まるでそこにいないかのような笑顔がだ。
 服を着ながら、先輩がぶつくさ言うけど、怒ってはいないようだ。問題はあたしの同級生。ぎっとあたしのほうをにらんで、そそくさとシャツを正して出て行った。また呼び出されるのだろうか。

「梨乃ちゃん、俺の邪魔するの好きだねー」
「別に好きで邪魔してるわけじゃありません」

 あたしの行く先々であんたが子種ばらまいてんじゃねーか。

「でも、梨乃ちゃんからはヤキモチな空気を感じない」
「感じたらおかしいですよ、妬いてないし」
「はは」

 乾いた笑い声、あたしは、この笑顔が大嫌いだ。何もかも見透かしたようでいて、それでいて何も見ていないんだというような空気感。イライラする。

「あたし、その笑い方大っ嫌いです」
「そか、ふふふ」

 ああ、そんな笑い方もできるんだな。くすぐったいような、照れたような笑顔に、あたしはおそらく初めて、彼に好感を抱いた。いつもこうやって笑ってればいいのに。
 でも、この人にはきっとできないんだろうな。大人びた笑顔でしかきっと、自分を保てないんだ。そんな気がする。
 なんだか、そう考えた途端、先輩がひどく悲しかった。
 もしもあたしが先輩を好きなのなら、もっと笑わせたいと思うのだろうか。それとも、いつかそんなふうに思う子が現れるのだろうか。
 未来は分からないけど、そうだといいな、と思った。

「あ、これあげるよ」
「?」
「キティちゃんのゴム」
「死ね」


20110807