OMAKE
今日から

「さて。これで晴れて、お前と俺は兄弟だ」
「……最悪」
「照れるなよ、フフ」
「照れてないよ」
 目の前で面白そうに笑うこの男が、俺の家族になるという。従兄から、兄へと変貌を遂げる彼は、至極嬉しそうに見えた。
「川原で野球をしような」
「キャッチボールね」
「そう、それ」
 くだらない。軽くにらむと、にこっと満面の笑みが返ってきた。どうなってるんだこいつの頭の中は。
「ケンカもたくさんしような、そして仲直りするんだ」
「ケンカの意味分かって言ってんの?」
「もちろんさ。殴り合って目の上にあざをつくるんだろう」
 ……俺が一方的にフルボッコされるの決定。げんなりとした態度の俺にかまうことなく、拓人は喋り続ける。
「夜は恋の話をして、そして徹夜で仕事に行こう」
「修学旅行?」
 俺のツッコミなど華麗にスルーだ。イタリアにも修学旅行があるのかは知らないが、おそらくイタリアの学校にも似たような行事があるんだろう。
「……悲しいときは俺が聞いてやる。小さいときにやってやれなかったこと、全部やろう。楽しいことをたくさんしよう。ズルのしかたも教えてやる。カルチョもやろう」
「……」
「何かあったら俺に言え。俺は、お前の兄貴なんだから」
 拓人はふわりと微笑んだ。そのせいで、俺の目から涙が一筋伝ってしまった。泣くつもりなんかなかったのに。
「お前が兄貴なんて、最悪な環境なんだけど」
「……泣きながら言っても、説得力ないぞ」
 拓人が、俺をぎゅっと抱きしめた。比奈が、二メートルだったら、と言っていたのを思い出す。俺は、ああ、比奈はいつもこんなふうに安心してくれるんだ、と思い知る。それくらい、彼のがっしりと筋肉のついた腕の中は居心地がよかった。
「泣くなよ」
「泣いてない」
「フフ」
 家族ができただけ。それだけのことが、どうしてこんなに温かいんだろう。
 俺が求めていたものは、ずっとほしかったものは、きっと、かたちある幸せ。目に見える幸せ。比奈がくれるたくさんのものとはまた違った、幸せのかたち。拓人にしかつくれない、幸せのかたち。
 言わないけれど、ねえ、ありがとう。


20110218