OMAKE
喰らってやりたい
ああ、もう。頭から喰らい尽くしてやりたいよ、ハニー。
「んっ?」
屋上でたそがれて横になっている俺を覗き込んだのは、ミルクチョコレートのショートカットを今日はボブにした、大きな瞳の持ち主だった。
「先輩、寝てるですかー?」
「んー……寝てないよ」
嘘だ。さっきまで軽く眠っていた。夜寝れない俺は、こうして少しずつ睡眠を取るしかない。授業をサボって、約一時間、レム睡眠状態だった。俺は目を開けて、比奈に向けて微笑んだ。比奈の顔が真っ赤に染まる。そして、それをごまかすように、タータンチェックの紙袋を地面に置いて、俺の身体にさわった。
「起きるのですよー。ご飯なのですよー」
「ん。分かってる」
上半身を起こすと、関節が痛んだ。無理な体勢で寝ていたらしい。コキ、と首の関節を鳴らすと、比奈が差し出してくれた黒い弁当箱の蓋を開けた。
タコさんウィンナー、でんぶで作ったハート、ウサギリンゴちゃん、占いつきグラタン……幼稚園生の弁当じゃないんだからさ……。とは思っても口には出さない。色とりどりのそれは、俺の腹と気持ちを満たしてくれるから。
「美味しい」
「ほんとですか?」
「嘘言ってどうするの」
比奈は嬉しそうに笑って、自分の分を食べはじめた。ちまちまとゆったりしたスピードで口に運んでは咀嚼がまた長いものだから、俺が食べ終えるころにようやく半分食べ終えたくらいだった。
「ごちそうさま」
「もご」
リスのように口いっぱいにご飯を頬張ってるその頬にキスをすると、その頬が赤く染まる。喜ばせるのは簡単だ。では、幸せにしてあげるにはどうしたらいい?
俺は幸せを知らない。だから、今の状態が「幸せ」なのかもよく分からない。でも、悪い気分じゃないからきっと、これは、幸せって呼んでもいいものなんだろう。
「ごちそーさま!」
「ん、ソースついてる」
「むっ」
グラタンのホワイトソースが口の端についていたのを、親指で拭って舐める。比奈は顔を真っ赤にしておろおろし出した。
くるっと後ろを振り返り、何か呪文のようにぶつぶつ言いながら両頬に手を当てて、耳は真っ赤だ。
ややあって振り返った比奈は、真っ赤な頬を手で押さえたまままま呟いた。
「先輩は、心臓に悪い!」
「え?」
「比奈、早死にしちゃうですよ!」
「はは」
笑って比奈にキスすると、かっと目を見開いてグーでパンチされた。痛くはない。それどころか、心がくすぐったい。
首まで真っ赤にした比奈は、俯いてぼそぼそ、先輩ばっかりずるい、だの、比奈だって、とか、よく分からないことを呟いて、視線だけちらっと上げる。俺はあぐらをかいて膝に肘をついて頬杖をついて比奈を観察していた。比奈が、そっと近づいてくる。
「いてっ」
「いたいっ!」
俺にキスしようとして失敗し、おでことおでこがごっちんし、比奈が悶えている。……くそ、可愛いじゃないか……。
「痛いよー先輩のおばかあ」
「え、俺のせい?」
おでこを押さえながら、比奈がもう一度キスしてくる。やりやすいように首をかしげてやる。ちゅっと一瞬しか重ならなかったのに、比奈は顔を赤くしている。
俺は、あんまり比奈が可愛いので、その身体をすっぽり腕の中に納めてしまって、ふたつつむじがある頭頂部を顎でぐりぐりしてやった。ややあって、比奈の腕が俺の背中に回る。
……可愛い。
食べちゃいたいって、こういうことを言うのかな。そう思いながら、比奈の真っ赤なリンゴのような頬に喰らいついてやった。
20100916