OMAKE
あいしてるなんて
「比奈、ひーな」
「う?」
こっちおいで、と両手を広げると、ちょうど夕飯の片付けを終えた比奈が、もたもたとエプロンを脱ぎながら小走りでやってきて、俺の胸に飛び込んできた。それを受け止めて、頭を撫でて強く抱きしめる。
「む、むー」
「かぁわいい」
「苦しいー」
何がどうなろうと、誰がなんと言おうと、比奈は可愛い。俺の大事な大事な宝物。ほんとうなら、可愛い服を着せていつまでも飾っておきたいけれど、彼女は生きている。だから、こうして何度も何度でも抱きしめてその「生きている」を実感する。
「比奈は世界一可愛い」
「……先輩も世界一ですよ」
「ありがと」
ちゅっと軽いバードキスをして、真っ赤になっている比奈の頬をするりと撫でる。まさしく乙女の柔肌、と言うに相応しい感触である。
たぶん俺は、世界で一番情けない顔をしていると思う。比奈が可愛くて可愛くて、でれでれになっているのではないだろうか。
抱きしめたまま、ちゅっと顔中にキスをする。
「くふ、くすぐったい」
「んー?」
比奈が、はにかんで呟いたのを無視して、キスの雨を降らす。額、目じり、まぶた、鼻の頭、頬、唇。黒目がちの瞳が、くるりと俺を見つめてくる。ああ、たまんない。
「可愛い」
何度言っても足りないような気がする。こんなに可愛い生き物、俺はほかに知らない。赤ちゃんだって比奈の可愛さには勝てない。
ひとりがけのソファに比奈とふたり、抱き合ってこうして触れ合う。それがどれくらい幸せなことか。
それと同時に、いつまでもこの幸せは続かない、と思う自分がいて、それが不安で余計に比奈の名前を呼んではキスをする。
「比奈、比奈」
あいしてる、なんて言えない。まだ、その言葉を発するには俺は相応しくない。
だからもう少し待っててほしい。あいしてる、そう心の底から言えるようになるまで。
名前を呼ぶ、それだけで、この気持ちが伝わっていればいいなと思うんだ。比奈、という響きは、今の俺にとって最大限の愛のかたちだから。
20110218