OMAKE
蜜月

 とろとろと甘い、極上の蜂蜜のように。誰が名づけたかは知らないが、実に的を射ている言葉だ。
 蜜月。

「……ふぁ」

 比奈が大きくあくびをして、薄く目を開けた。俺はその愛らしいさまを目に焼き付ける。
 結婚して半年。拓人に無理を言って二週間休暇をもぎ取ってのハネムーンのあと、俺の住んでいたマンションで一緒に暮らしはじめた。いや、同棲していたからなんてことはないんだけど、やっぱり結婚したという事実は大きい。
 これからはずっと一緒。家を出る時には比奈がいて、家に帰れば比奈がいる。俺なんかにはとんでもないくらいの、幸せだ。

「おはよう」
「……おはお、ございます……」

 まだ寝ぼけているようで、目が開いたり閉じたりを繰り返している。腕の中の小さな命。もしも生まれてきたことに意味があるなら、それはきっと、この命を護るため。何があっても、どんな強い風が吹いても雨に打たれても、この命の盾となり傘となるための存在なのだ。
 誰かのために生きる。そんなことは、昔の俺は想像すらしたことがなかった。

「ふわあ」

 比奈がひときわ大きなあくびをして、ぱちっと目を開けた。

「おはようございます」
「うん」

 それから、俺に裸のまま抱きしめられていることに気がつくと、とたんに狼狽した。顔を真っ赤に染めて、俺の胸を押す。

「さ、さっちゃん、は、は、は」
「朝から何が面白いの?」
「はだか!」
「うん」
「さっちゃん!」
「何?」
「はれんち!」
「ふうん」

 破廉恥といわれては仕方あるまい。俺は、さっと身体を離してそばに落ちていたシャツをはおる。すると、そのシャツの裾をちょいちょいと引っ張られた。ん? ととぼけて比奈のほうを見ずに何、と問うと、ちょっと泣きそうな声が返ってきた。

「……そんなにすぐはなれたら、さみしい」

 予想の範疇内である。振り向いて、比奈の頭をよしよしと撫でる。比奈が気持ちよさそうに、目を細めた。

「ちょっと意地悪したくなっただけ」
「なんでいじわるするですか」
「比奈が可愛いから」

 比奈が、額まで真っ赤にして、両手で顔を覆って毛布の中に沈んでいく。器用だな。そんなことを考えながら、パンツとジーンズを身につけ、比奈の頭であろう盛り上がった部分にそっと口づけを落とした。

「ご飯、つくってくるね」
「……」

 返事はないが、こっくり頷いた。俺は、比奈の好きな甘い甘いココアとスクランブルエッグをつくるべく、立ち上がった。


20100720