心臓に誓って愛を食う
07

「はい、オッケーでーす」
「お疲れ様でしたー」

 張り詰めていた空気が、その言葉を境に一気に柔らかなものになり、光を浴びて立っていた青年はほうと息をついた。
 今日が何の日か、この場にいるすべての人間はよく分かっていて、だからこそ青年を引き止めたかったのだが、彼はただ穏やかに笑って、ありがとう、だけど今日は早く帰らないと、と呟いた。
 反論する者はいない、なぜなら、彼の笑顔は残念に思う声さえ上げるのをはばかられるほど、幸せに満ちていた。すでに、彼の心はここにはないのだ。

「お疲れ」
「よし、じゃあ、帰ろうか」
「うん」

 青年と肩を並べて歩き出した男の体格は、青年に比べてだいぶ立派であった。それでも、身長は青年のほうが高く、それが余計に彼の細身の体と長い脚を際立たせている。
 男は車のキーを指でいじりながら、そういえば、と思い出したようにささやく。

「当然、一番に言わせたんだよな」
「うん? ああ……それがまだ」
「え? ……ああ、分かった。相変わらず仲がいい」

 嬉しそうに笑う青年に男は、仲がいいことは美味しい食べ物があることよりもずっと幸せだ、と実に彼らしい賛辞を呈した。もちろん、その薄い唇に笑みを浮かべることも忘れない。
 駐車場に停めてあった男の車の助手席に乗り込んだ青年は、後部座席を見て思わず苦笑を漏らす。
 持っていた荷物を後部座席に載せて、自らも運転席に腰掛けた男も、青年を見やり、後ろを見やり、笑った。

「君は愛されている」
「そうかな」
「これだけじゃないさ。トランクにも詰めた」
「そんなに?」
「食べ物もあったから、早めに見ておいたほうがいい」

 車を発進させながら、男は脇のコンポのボタンを押し、入っていたCDを再生する。スプリングスティーンのBorn in the USAだ。
 初めて聴いた時、英語がさっぱり分からなかった青年は、サビを聴いてこの曲を愛国歌だと思っていた。今ではきちんと歌詞の意味も理解できる彼にとって、重要なのはその曲の意味深さではなく、英語の歌詞を理解する力が身についたことと、それにかけた時間だった。時が経ったのだ、あの時から、恐ろしいほどの速さで。