心臓に誓って愛を食う
08
「I got in a little……」
小さく歌詞を口ずさみながら、男は機嫌よく信号を越えてゆく。
流れていく街灯、行き交う人々、溢れるネオンサインと曲折した感情を、越えてゆく。
目に入っては消えるそれらを、青年は嫌いだなと思いながら、それでも微笑んで見ていた。
「……と。着いたぞ」
「うん」
灰色の高層マンション。ピンク色の屋根などないし、白い木製のフェンスに囲まれた庭もない。ただ、最上階からは東京の夜景が一望できる。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん。車は、地下に停めといて」
「ああ、分かってる。……また、驚く振りを、してあげなくちゃならないな」
「そうだね」
くすりと笑った男に、青年もつられるように頬の肉を上げる。
閉まる扉の向こうの男に手を振り、時計をちらりと見る。午後の八時三十二分。
あの子たちの、いたずらが成功した時のような、明るい笑顔が好きなのだ、と思う。簡単に想像のできる喜んだ表情に、青年は漏れる笑みを禁じえない。
オートロックを抜けて、青年はまっすぐにエレベーターに向かった。最上階で停まっていたそれが降りてくるのを、貧乏揺すりをして待つ。待ちきれない。気持ちだけが先走っている。
……あの時から、恐ろしいほどの速さで、時計は進んだ。
たくさん泣いたし、泣かせていたのだと思う。
けれどそれでも、胸の底がじわりとあたたまるような幸せが、この先にはあるのだ。大切なひとたちが、暮らす家が。
「ただいま」と言えば「おかえり」と返ってくる場所があるのだ。
チャイムは鳴らさない。
差し込んだ鍵をゆっくりとひねって、ドアノブもゆっくりと引く。ドアの向こうに、幸せが待っている。
パン! 小さな破裂音と顔にかかるカラーリボン。
「パパ! お誕生日、おめでとう!」
THE END 20100226 eco miyasaki