こんにちはバンビーノ
09

「ううんっ……」
「……比奈?」

 比奈のうめき声で目が覚めた。またうなされている。このところぐんと減っていたのに。比奈を揺すり起こして、抱き上げる。

「比奈、泣かないの」
「う、うわああああん」

 よっぽど怖い夢でも見たのか、それとも、成沢のことを思い出したのか。比奈は大声で泣き続ける。
 その背中をぽんぽんと撫でながら、赤ん坊にするようにゆらゆら揺らしてやる。俺の胸に顔を埋めて泣いていた比奈が、しゃくり上げる程度まで回復する。

「ひくっ、怖い、さっちゃ、怖い」
「よしよし、怖かったね。もう俺がいるから大丈夫だよ」
「うっ……」

 レイプ未遂事件は比奈の中に大きな傷痕として残ってしまったようだ。これから先も、比奈はこうしてときどきうなされたり、ひとりで街に出られなかったりするのだろう。そう思うと、そうした成沢にやり場のない怒りがわく。
 比奈をぎゅっと抱きしめて、俺は大丈夫、大丈夫、と呟く。何が大丈夫なものか、あんなに怖い思いをしたのに。そう思うけれど、大丈夫のほかに言葉が見つからない。

「ここには俺しかいないから、大丈夫だよ」
「ぐすっ」
「落ち着いた?」

 比奈が、こくんと小さく頷く。比奈を抱きしめたまま横になって、背中を撫でながら眠りへと誘う。嗚咽は段々小さくなって、数分後、比奈は静かに寝息を立てはじめた。
 いつになっても、比奈はあの恐怖から解放されることはない。一生怯えて、あのときの傷を抱えて生きていくのだ。
 俺は、支えたい。そう思った。
 比奈を守りたい。どんな土砂降りの雨からも、冷たい風からも。この身を挺して守りたい。
 閉じたまぶたに軽くキスをして、俺も目を閉じる。
 どうか、比奈に、安らかな眠りを。