こんにちはバンビーノ
08

 育児と学業の両立は思っていたよりずっと大変で、あたしは毎日へろへろだった。
 横浜から大学に通うには少し遠すぎて、……とは言っても、もう卒論を書く段階だから、大学にはゼミ以外ほとんど行っていないんだけど、授乳から夜泣きまで大変で、卒論がまったく進まない。ちょっと焦っている。
 でも、隼人が可愛いから、自分で決めたことだから、後悔はしていない。比奈も卒論を書いているが、文系のあたしには訳の分からない言葉が羅列されている。比奈はこういう、レポートとかを書くのは天才的なのだ。大学でもかなりいい成績をおさめている。

「リノ、ちょっとやつれたんじゃないのか」
「大丈夫よ」
「お義父さんもお義母さんも、俺もいるんだから、そんなに何でもかんでもひとりで抱え込むことはないんだぞ」
「分かってるんだけど……どうしても自分で面倒見たくなっちゃうの」
「しっかりした母親だな」
「あなたも、ようやく泣かれなくなったわね」
「そうだな」

 拓人さんが苦笑して、隼人を抱き上げた。ころころと笑う隼人の笑顔は、進まない卒論で溜まったストレスを一掃してくれる。

「俺もできるだけ協力するから、リノは卒業論文に集中しろ。大学、卒業したいんだろう?」
「……うん」

 拓人さんの肩に、頭を預ける。意味もなく甘えたくなるときが、たまにあるのだ。年がら年中いちゃついている比奈と先輩ほどじゃないんだけど。拓人さんは片手で隼人を支えて、もう一方の手であたしの頭を撫でてくれた。

「無理して体調を崩すような真似があったら、怒るからな」
「はい……」
「俺にはいくらでも甘えていいんだから、な?」
「……」

 目を閉じる。拓人さんの温かくて大きな手のひらが、優しい。
 幸せだ。あたしはこんなに恵まれている。この幸せを当たり前と思ってはいけない。大事にしなければ。