こんにちはバンビーノ
04
おぎゃあああ!
「む!」
分娩室から、元気な泣き声が響いた。生まれたんだ!
あたしは思わず立ち上がって、手を叩いてくるくる回った。
しばらくすると、拓人さんが出てきて、マスクを外してあたしに笑いかけた。
「元気な男の子だ」
「ほんとですかー!」
「ああ」
「さっちゃんに電話しないと!」
あたしは慌てて携帯を取り出して、さっちゃんの番号に電話をかける。すると、拓人さんのポケットからさっちゃんの携帯の着信音がした。
「……」
「……仕事中は預かっているんだ……ははは」
「もう!」
拓人さんをべちっと叩いて、あたしは走り出した。
「ヒナ、どこへ行くんだ?」
「さっちゃんに教えてあげるのー!」
「どこで仕事をしているか知ってるのか?」
「あ……」
立ち止まって、あたしは首を傾げる。拓人さんが呆れたように笑って、近づいてきた。
「案内するよ。とりあえず、夫としての役割は果たしたからな」
「夫?」
「あれ、リノから聞いていないかい? この間籍を入れたんだ」
「えっ、聞いてないよ、そんなの!」
「そうか……」
梨乃ったらあたしに内緒ごとするんだ! ひでー!
拓人さんの車に乗って、さっちゃんの仕事場まで連れて行ってもらう。スタジオに着くと、さっちゃんがいらいらした顔でコーヒーを飲んでいた。
「なんなの、急に」
「さっちゃん、元気な男の子ですよ!」
「あ、マジ?」
「ああ、どこもかしこも健康だ」
「よかったね。もうそれが気になって仕事に集中できなかったよ」
「仕事がはかどらないのを人のせいにするな」
「実際そうだったんだから、しょうがないじゃん」
不機嫌そうに唇を尖らせたさっちゃんが、くるっと振り向いてスタッフさんたちのほうを向いた。
「無事に生まれたそうです」
「ほんとう? よかったねぇ!」
「おめでとう!」
「Grazie」
皆が口々におめでとうと口にする。拓人さんは若干照れたように頭を掻きながらそれに応える。
「じゃあ、撮影再開しますか」
「尚人、位置に立って」
「はーい」
「……まさか、俺のことを待っていたのか?」
拓人さんは呆れた、というか呆然としてそう問いかける。
「そうだよ。一大事じゃん」
「そうか……」
拓人さんが穏やかに笑う。
「さっちゃん」
「何?」
「お仕事終わったら、梨乃のお見舞い!」
「うん」
にこりと笑ってカメラの前に行った先輩を見送って、あたしは用意してもらったパイプ椅子に腰かける。アシスタントのお姉さんが、レモンティーを紙コップに注いで持ってきてくれた。
「ありがとございます!」
「いいえ、比奈ちゃんは素直で可愛いねぇ」
「えー? 比奈可愛くなんかないですよ」
「可愛いよー。なんか、小動物みたい!」
「むむむ……まだ身長伸びるもん……」
「あはは! そこが可愛いんだよ!」
「うん?」
お姉さんが何を言っているのか、まるで分からない。でも、可愛いって言われるのは嬉しいけど、小さいから可愛いっていうのは、嬉しくない。
お姉さんが去ったあと、唇を尖らせて、レモンティーを飲む。冷たくて心地いい。
とにかく、梨乃と拓人さんは、お母さんとお父さんになったのだ!
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