こんにちはバンビーノ
03

「Pronto?」

 ヒサトの仕事を横で眺めながら、俺の携帯にかかってきたヒナからの電話を取る。

『あ、もしもし拓人さん?』
「やあ、どうしたんだい?」
『梨乃が、陣痛!』
「なんだって?」
『赤ちゃん生まれちゃう! 病院来て!』

 慌しく電話は切れた。ちょうど休憩時間になったのをいいことに、俺はヒサトに口早に告げた。

「ヒサト、リノがジンツウだから、失礼する」
「え? あ、ちょっと」

 呼び止めるヒサトの声には振り返らずにスタジオを出て、慌てて車に乗り込んでアクセルを踏む。車の群れの合間を縫って、俺は病院に急ぐ。
 立ち会い出産がいいね、と話していたのだ。リノひとりが苦しむのは割に合わないから。……俺が横にいたって、苦しむのはリノひとりであることに変わりはないのだが。
 病院に着いて、駐車場にスリップするように車を停めて、慌てて自動ドアをくぐる。
 ロビーにはヒナがいて、俺の姿を認めると、手招きしてきた。

「こっち、こっち!」

 ヒナに服の裾を引っ張られて、分娩室まで案内される。途中から入ってもいいのだろうか……そう思っていると、中から看護師が出てきて、俺を消毒して、白衣を着せて中に入れてくれた。ひとり外で待っているヒナが若干気になるが、今はリノが最優先だ。

「リノ」
「はあ……」

 脂汗を浮かべながら、いきんでいるリノの手を握って、少しでも痛みを散らそうと話しかける。

「がんばれ、元気な赤ん坊を産んでくれよ」
「わ、かってる……!」

 目をぎゅっと閉じて、リノがふんばる。看護師が励ます言葉をかける。

「頭が出てきましたよ、もう少しですよ」

 俺は、リノの手を握ることしかできなくて、痛みを散らすこともできなくて、まるで役立たずだ。
 それでも、くだらない冗談を言うとリノが笑うので、それでいいか、と思った。