契り千切って元どおり
08

「上出来」
「もうっ」
「人ごみ、平気だった?」
「はい! さっちゃんと一緒なら、どこでも平気!」

 だいぶショックから回復した比奈の頭を撫でる。くすぐったそうにそれを受けながら、比奈がすり寄ってくる。
 家に着いてコートを脱いでハンガーにかけ着替える。比奈がとりあえず、といったふうにテレビをつけた。

「あ、さっちゃんだ」
「うわ、恥ずかしい」

 炭酸飲料のCMだ。CMの依頼も多くて、テレビを見ると一日一回は俺の顔を見る羽目になる。から、我が家はあまりテレビをつけない。今日は見たい番組があるのだ。

「きゃはは!」

 比奈が腕の中で笑い転げる。それにつられて笑いながら、俺たちはテレビを堪能した。

「お風呂、一緒入る?」
「うん!」

番組が終わってしまって、俺はテレビの電源を消し、比奈を抱えたまま立ち上がった。暖房を二十八度に設定してあるため、相変わらず比奈は俺のTシャツを着ている。絶対これがこの間の風邪の原因だよな、寒いに決まってる、と思いつつも、俺のTシャツを着ている比奈が可愛いので何も言えないのである。


「洗いっこー」
「比奈、髪の毛伸びたね」
「今度また切りにいくですよ」
「俺も一緒に行こうか?」
「あ、はいっ」
「担当さん、男なんだよね、大丈夫?」
「大丈夫! 由希ちゃんは男の子みたくないから」
「そう?」

 意味が分からなかったが、とりあえず問題はないらしい。髪の毛をアップにした比奈が、俺の背中を優しく、それはもうくすぐったすぎるほど優しく洗ってくれる。それを流して、俺と比奈はふたりで浴槽に浸かった。俺があぐらをかいた上に乗った比奈が、俺の髪の毛で遊ぶ。

「さっちゃんも伸びてきた」
「でも勝手に切ると拓人が怒るからな。仕事の都合もあるし」
「そっかー」

 俺の髪も、だいぶ伸びて、結べるようになった。でも、言ったように仕事の都合があるから、勝手には切れない。拓人にスケジュールの確認ついでに聞いておこう。
 風呂から上がって、身体を拭き合って遊びながら髪の毛をドライヤーで交互に乾かす。
 俺の足の間に座った比奈が、気持ちよさそうに頭を揺らしている。比奈はドライヤーの使い方が下手だ。おかげで俺はいつも生乾きなんだけど、気にしない。
 ベッドに転がって、おやすみなさいを言い合って、目を閉じる。腕の中に比奈を閉じ込める。この時間が一番幸せだ。
 この幸せは、いつまで続くのだろう。そんな暗い思いに駆られることもないとは言えない。でも、比奈がここにいることを俺は現実として見ているから、怖くないと言ったら嘘にはなるけれど、不安ではない。
 信じるっていうのは難しくて、たぶん俺は比奈のことも信じてはいないんだろうけれど、ここにいる比奈っていうのは絶対にほんとうで、それは疑いようのない事実だから。
 だいじょうぶ、悲しくないから。

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