契り千切って元どおり
07

「あーっ、尚人くん!」
「……」

 比奈と、ためしに人ごみに出かけてみたところ、最も会いたくない人間に遭遇した。俺は、とっさに比奈をかばって後ろに隠す。

「あ……彼女さんと一緒なんだあ」
「仕事ですか?」
「そう、第八スタジオで、PVの撮影」
「そうですか」
「彼女さん、小さくて可愛いー」

 思ってもいないだろうことを言って、玲央奈さんは比奈をのぞき込んだ。ひるんだ比奈が、目を白黒させている。

「自分が尚人くんに合ってるとか、本気で思ってないよね?」

 あくまで笑顔で、毒のない声色で玲央奈さんが失礼なことを言う。比奈は、なぜかしょんぼりしてしまった。俺は今までで一番低い声が出た、自然と。

「……あーあ。せっかくのデート台無し」
「……な、何よ、だってどう見たってわたしのほうが尚人くんにつりあってるじゃない!」
「その自信、どっからでてるんですか、おめでたいですね」
「……」

 俺と比奈をにらむ玲央奈さんを放って、俺は元気のなくなってしまった比奈を引っ張って人ごみを抜けて電車に乗った。平日ということもあって、ガラガラだ。

「比奈? あんな人の言うこと本気にしなくていいからね」
「う……」
「たしかに俺は、胸は大きいほうが好きだし、スタイルのいい子が好きだよ」
「……」

 比奈は涙目だ。その頭を撫でて、うん、正直に言ったほうが伝わるんだろうなって思う。

「でも、そういう女の子より、ずっとずっと比奈のことのほうが好きだよ」
「……でも、玲央奈さんのほうが、さっちゃんに似合ってる……」
「怒るよ、比奈」
「なんで?」
「俺が比奈を選んだんだから、それはもっと自信を持ってほしい」

 少し強い口調でそう言うと、比奈はいったん俯いて、それからゆっくりと顔を上げた。

「……ん」
「比奈が傷つくことなんてひとつもないからね」
「はい……」
「分かったら、ちゅー」
「えー」
「ほら」

 口端を上げてキスをねだると、周りの人が自分たちに注意を払っていないのを確認して、むちゅっと一瞬だけ唇を重ねてきた。