契り千切って元どおり
05

 梨乃ちゃんのおなかが、目立つようになってきた。やつれた感じは払拭されて、ちょっと太ったかな、と思うくらいだ。拓人がストレスを与えないように、タバコも控えているし、仕事が終われば電話をまめにするようにしたりしていることが功を奏しているようだ。今まで散々傷つけたんだから当然だ、とは思うが。

「今日も病院?」
「はい。拓人さん、まだかな……」
「……」

 学校帰りにうちに寄った梨乃ちゃんが、そわそわと拓人が車で迎えに来るのを待っている。可愛いところもあるじゃないか。……それより。俺は梨乃ちゃんをじっと見つめる。

「ん? なんですか?」
「いつまで、拓人さんって呼ぶつもり?」
「は?」
「そろそろ、呼び捨てとかどう?」
「自分は先輩って呼ばれてるくせに……」

 白い目で見つめる梨乃ちゃんに、そんな当たり前のことに気付かされる。

「……それもそうだな……比奈にも言ってみよう。で、呼ばないの?」
「なんか、タイミング逃しちゃった、感じで」
「たしかに」

 そこへ、取り込んだ洗濯物を抱えて比奈がリビングを通過した。寝室に消えていったその細い背中を見て、そういえばそろそろ呼び捨てにされたいなあ、なんて思う。

「練習する? 俺を拓人だと思って呼び捨てしてみなよ」
「拓人」
「できるじゃん」
「本人の前だとどうにも……」
「俺がどうかしたか?」
「わっ」
「どこから沸いてきたんだよ」
「ヒナが開けてくれたんだ」
「ふたりで何話してたですか?」

 拓人の背後からひょこっと顔を出した比奈が、不思議そうに俺たちを見る。

「ほら、言ってみなよ」
「う……」
「う?」
「た、拓人……さん」
「なんだ?」
「もう……駄目じゃん」
「何がだ?」
「どーしたの?」

 興味津々で身を乗り出してきた比奈に、俺は聞いてみる。

「比奈はさあ、いつまで俺のこと先輩って呼ぶつもり?」
「へっ?」
「俺もう比奈の先輩じゃないんだよ」
「……たしかに!」

 目からウロコ、みたいな顔をした比奈が、唇を尖らせた。

「尚人って呼んでみてよ」
「ひ、ひひひひ」
「笑ってないで、ほら」
「ひ、ひさと…………先輩」
「……」
「あのっ、善処します!」

 比奈が顔を真っ赤にして敬礼した。なんだこの子は。