契り千切って元どおり
03

「お粥! 冷えピタは? せんぱーい!」
「……比奈、静かにしなよ……」

 比奈の熱は、翌朝には下がっていて、すっかり元気になった。
 そして今度は俺がベッドで寝込む羽目になっている。薄着でずっと比奈についていたせいだと思うが、とりあえず今日の仕事のキャンセルをしないと……。

「比奈、携帯持ってきて」
「あ、お仕事休むんですよね? 拓人さんに電話しておきます!」
「……お願いします」

 わたわたと寝室とキッチンを往復する比奈が微笑ましいが、ちょっと今はそんなことで笑っていられない。比奈が貼った冷却シートに手をやりながら、俺は目を閉じた。
 寝室のドアの向こうで、比奈が拓人に電話しているのが分かる。

「はいっ、そういうことなので、今日先輩はお休みです!」

 元気だな。昨日までうなされて寝込んでいたとは思えない。ぱたぱたと足音がして、次に何かに足を引っかけてこける音がした。おいおい、大丈夫か……。
 寝室に姿を見せた比奈は、蒸しタオルを持っていて、心配そうな顔をしている。

「先輩、起きれますか?」
「なんとか……」

 死ぬ気で起き上がると、比奈が俺のTシャツを脱がしてせっせと汗を拭いてくれる。ジーンズを脱がせるのに苦労していたから、俺は下半身は自分でやる、と言うと、比奈はちょっと安心したように笑った。

「お粥つくってきますね!」

 ぱたぱたと寝室を出ていく比奈に、ちょっと寂しいな、と思ってしまう。慌しいのは微笑ましいんだけど、病気のときは人肌が恋しいものだ。俺は小さい頃風邪をひいても、乳母が事務的に世話をしてくれるだけで、こんなに一生懸命看病されたことはないのだ。

「ひなー」
「はいはーい、なんですか!」

 お粥が載ったトレイを片手に、比奈がドアを開ける。

「寂しい」
「……! 先輩、ずるいですよぅ」
「何が」
「先輩、なんか可愛い!」
「……」

 きゃっきゃと笑って、比奈はお粥をスプーンですくった。そして、ふうふうと息を吹きかけて冷ましている。

「はい、あーん」
「ん」

 比奈の玉子粥はほんとうに美味しいのだけれど、残念なことに、味覚がやられていて味はまったく分からない。ほんとうに残念だ。
 お粥がなくなるまで、あーんをしてもらってご満悦の俺に、比奈は薬を飲むように促した。

「起きれますか?」
「起きれない……比奈が薬飲ませて」
「ど、どうするですか?」
「口に咥えて」
「……むむ」

 赤い顔をした比奈が、観念したように薬を唇に挟んで俺にキスしてくれた。比奈からキスしてもらうなんて、なかなかないことだ。風邪、万歳。
 水を飲むのに少し首を上げて支えてもらう。至れり尽くせりだ。

「寝るのがいいですよー」
「ん」
「ねーんねんころりよおころりよー」

 比奈が俺の手を握って子守唄をうたってくれる。風邪も、一年に一度くらいならいいかもしれない。
 そう思いながら、俺は眠りについた。