契り千切って元どおり
02

 質問を交えた会話を楽しんで、グラビアの撮影を済ませ、俺は私服に急いで着替えて楽屋を出た。

「尚人くん」
「……」

 玲央奈さんを無視して廊下を足早に駆け抜けていく。比奈が寂しがってるだろうから、はやく帰らなくては。
 拓人の荒い運転も、今日だけは感謝できた。

「ただいま」

 返事がない。俺は急いで靴を脱いで、洗面所で手を洗うのもそこそこに寝室へ入った。
 広いベッドの真ん中で、比奈は苦しそうに喘いでいた。

「比奈、ただいま」
「んぁ、……お帰、りなさ、い……」
「熱測った?」
「さんじゅうくどななぶ……」

 額に額を押し付けると、やけどしそうなくらいに熱かった。俺は急いで、仕事中に拓人が薬局で買ってきていた冷却シートをつけてやり、薬を取り出した。

「食欲ある? 何か食べてから薬飲んだほうがいいと思うんだけど……」

 比奈は緩慢な仕草で首を振り、食欲がないことを示した。とりあえず、つらいだろうけれど半身を起こさせてスポーツ飲料水を飲ませる。脱水症状に陥ったら危険だ。
 それから、着ていた俺のTシャツを脱がして洗面所で濡らしてきたタオルを汗をかいた肌に宛がった。ゆっくり身体を拭いて、新しくパジャマを着せる。(この、俺のTシャツというのが風邪を引いたそもそもの元凶だと思うんだよな)

「ん、せんぱ、い」
「何?」
「……寂しかった」
「ん。よしよし」

 比奈の汗で濡れた髪の毛をすいて、もう一度半身を起こして薬を飲ませる。それから横にして、俺はベッドに腰かけて比奈の頭を撫でた。

「もう俺がいるから、寂しくないでしょ?」
「ん……」

 比奈が寒気を訴えたので、毛布をもう一枚追加してやって、俺もベッドにもぐり込む。

「……うつっちゃう」
「いいよ、比奈の風邪なら」

 頭を撫でながら、比奈が眠るのを待つ。風邪は睡眠をとるのが一番効く。ややあって、比奈は荒い呼吸はそのままに、目を閉じて眠ったようだった。
 俺はベッドから這い出して、急いでキッチンに行く。いつ比奈が目を覚ますか分からないから、手早く済ませなくては。
 お粥をつくりながら、何度か寝室を訪れるが、比奈が目を覚ました形跡はない。完成したお粥をIHのコンロにかけたまま、俺はそっと寝室に入った。

「ぅん」

 可哀想に、こんな風邪のときにまでうなされている。比奈の手をぎゅっと握って、安心させるようにゆらゆらと揺らした。起こしてあげるのがいいのか、寝かせてあげるのがいいのか分からない。比奈は喘ぎながら、苦しそうに眉を寄せている。それを見ていられなくなって、俺は比奈に声をかけた。

「比奈」
「んん」
「ひーな」
「……先輩?」
「そう、俺だよ。怖くないよ。ずっとここにいてあげるからね」
「……うん」

 比奈がうっすら微笑んで、目を閉じた。すーっと眠りに入っていく比奈に、薬が効きはじめたかな、と思う。乱れた毛布を正してやって、俺は比奈の手をずっと握っていた。