寝耳には涙を流し込め
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「仲直りしたですね!」
「ああ、おかげさまでな」

 ようやく、元のサヤにおさまったらしい。拓人と梨乃ちゃんは顔を合わせてはにかむ。幸せそうな空気がふたりを包んでいる。ああ、なんだか無駄に心配させられた。

「それで、赤ちゃん産むのは在学中になっちゃうけど……どうするの?」
「ぎりぎりまで通いますよ。休学はしません」
「あ、そうなんだ?」
「一応、大学卒業するまでは、実家で面倒見てもらえるし、あたしも家から学校に通おうと思ってて」
「ヘイ、なんだって? 俺はそんなこと聞いてないぞ」
「だって何も質問しなかったじゃない」

 ふたりの小突き合いも健在だ。
 俺と比奈は、にこやかにそれを受け入れる。特に比奈はにこにこしていて、ふたりが仲直りしたことを誰よりも喜んでいる。
 タマが俺の足元をすり抜けて、ソファの下に入っていった。

「じゃあ俺もリノの実家に住む」
「無茶言わないで。あなたはあそこでいいの。たった半年ちょっとだよ。それくらい我慢してよ。たまに通ってあげるから」
「たまに?」
「……じゃあ、けっこう」
「……こういう言い方もなんだが、赤ん坊のせいで離れ離れになるのは胸糞悪いな。俺だって赤ん坊の面倒も見たいし」
「だから、それはあたしが卒業してから」
「俺もリノの実家に通う」
「まあ、通うくらいなら……」

 なんだ、結局ラブラブじゃないか。ふと見ると、梨乃ちゃんが左手薬指に指輪をはめている。何カラットか知らないが、ダイヤが埋め込まれている。婚約指輪、といったところか。俺も比奈とお揃いのリングはあるけど、婚約指輪はあげてないな。今度ふたりで買いに行こうかな。

「先輩、先輩」
「あ、何?」
「もう! 最近ずっとぼーっとしすぎですよ!」
「そうなんですか? 何か考え事でもしてるんですか?」
「あー、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 不審そうな六つの目に見つめられて、たじたじになる。
 こんな悩み事、誰にも言えない。唯一、比奈に、いつ打ち明けるか迷っているくらいだ。
 ああ、また闇が俺を飲み込んでしまいそうだ。強くなりたいと願うたびに顔を出す、黒い何か。
 不安でぐらぐらに揺れている俺の心を、比奈に打ち明けることができるだろうか。

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