寝耳には涙を流し込め
09
最近先輩が変だ。
あの事件以来、先輩以外の男の人に触れられたり近づかれると恐怖が襲ってくるようになってしまった。この間久しぶりに実家に帰ったとき、お兄ちゃんに怯えてしまった自分が嫌だな、と思った。お兄ちゃんは先輩に事情を聞いたらしく、ちょっとしょげてはいたけど、あたしとまたスキンシップできるように頑張るんだって。
「むむむ……」
「どうしたの?」
夜、ベッドで横になりながら、あたしはうめいていた。尚人先輩もとなりにうつぶせに寝そべって雑誌を読んでいて、もう寝る時間だ。
でも、問題はそこじゃない。
「眠れないの? ホットミルク飲む? 真夏だけど」
「眠れないのとは違うのですよ……」
「じゃあどうしたの?」
先輩の訝しげな声に、あたしは黙りこくるしかなかった。だって、こんなこと言うの、恥ずかしいもん。
「何かあった?」
「何もないですよ……うん、何もない」
そう。何もないのである。
以前だったら週に二、三回は、その、あの、アレを、していたんだけど、ここのところずっとない。どうしてだろう。
もしかして、あたしが怖がると思ってるのかな。先輩なら、きっと平気なのに。
「その顔は、なんかあったって顔だけど」
食い下がってくる先輩を、目を閉じてやりすごして、寝る体勢に入る。あたしは寝つきはとてもいい、いい子ちゃんなのだ。あっという間に、夢の中だ。
「調子いいなあ、もう」
眠る前に、そんな言葉が聞こえた気がした。
◆