寝耳には涙を流し込め
07

 梨乃ちゃんが実家に帰ってから、拓人は目に見えて憔悴していた。家に押しかけたときに妊娠を偶然知ったらしいが、拓人は結婚するつもりのようだ。しかも、おかしなことがある。

「変だ……」
「変なんですか?」
「拓人が打ち上げに参加しないなんて……」
「うーん」

 比奈にウーロン茶をあげて、自分は甘ったるいカシスオレンジを飲む。打ち上げに、拓人の姿はない。仕事が上がったと同時に、お疲れさまと一言告げて、風のような速さで立ち去ったのだ。それも、一度や二度ではない。
 しかも、女性スタッフにもあまり馴れ馴れしくしなくなった。好色な振る舞いは相変わらずだが、浮気のほうはこのところ落ち着いているようだ。

「よっぽど梨乃ちゃんが実家帰ったのがショックだったのかな」
「……梨乃、疲れてたですね」
「そうだね」

 先日、うちに梨乃ちゃんが来て、赤ちゃんの成長の報告をして帰っていった。顔色があまりよくなく、よく眠れていないと言っていた。つわりはおさまったらしいが。
 細身だった彼女は、妊娠したら太るかな、と思っていたが、逆にやつれた気がする。

「……梨乃、拓人さんと仲直りしないのかな……」

 比奈がウーロン茶を一口飲んで、ぽそっと呟いた。

「どうだろう……今はひとりで考えたいって言ってたね」
「拓人さん、きっと梨乃のことも赤ちゃんのことも大事にするですよ」
「そうかな」
「そうですよ!」

 比奈はえらく拓人を持ち上げる。なんかあったのか?

「比奈、その確信はどこからくるの?」
「比奈の頭の中でそう言ってる人がいるです!」
「それヤバイんじゃない?」
「う?」

 いや、比奈なら十分ありうるか。頭の中に別性格が潜んでいても不思議でもなんでもないかもしれない。
 あんなにやつれたら、元気な赤ちゃんなんか産めないよ。そう思うけれどあまり食も進まないようだし、梨乃ちゃんはすっかり弱り切っている。
 一応彼女は俺の大事な後輩であるわけで、それをうちの兄貴分が泣かせているとなっちゃいい気分ではない。