寝耳には涙を流し込め
01

「……こないのよ」
「ん? 何が?」

 比奈と久しぶりに、あたしと拓人さんの部屋でお茶をした。例の事件のおかげで、比奈は尚人先輩と一緒じゃないと外に出られなくなった。今日も、拓人さんの車でここまでやってきた。彼らは仕事だ。比奈を任されたあたしは、紅茶を淹れて買ってきたスコーンを出して、久々に女子会というわけだ。

「何がこないの?」
「……生理」
「はっ?」

 比奈が、目をぱちぱちさせてあたしの言葉を理解しようと努めている。あたしは、さっきより大きな声で言った。

「こないの、生理が。あたし順調なほうなのに、もう二ヶ月きてないの」
「……病気かなあ」

 心配そうな顔をした比奈だけど、その可能性は低い、とあたしはにらんでいる。自分の身体のことはなんとなく分かる。先日の拓人さんの暴挙から、生理は止まってしまっている。

「……妊娠したのかも」
「……!」

 比奈が、ぐるんっと目を真ん丸にして、あたしを見つめた。その瞳が、あたしの顔から外れて、下がっていく。おなかのところでぴたりと視線を止めた比奈は、しばしそこを見つめたあと、ぐんっと顔を上げた。

「ほんとうに妊娠したの!?」
「分からない……それで、比奈にお願いがあるんだけど……」
「何?」
「……婦人科に、一緒に来てほしいの」
「いいよっ。でも、拓人さんは?」
「あの人はいいの。尚人先輩にうまく説明して、できたら先輩にも一緒に来てもらって……」
「うん! 一緒行こう! ……なんで拓人さんはいいの?」
「あんな浮気野郎のこどもなんて、もしほんとうにできてたらどうしたらいいの?」

 思わず、涙腺が緩む。比奈があたふたしながらハンカチを取り出してあたしに渡してくれる。

「ありがと」
「ううんー。でも、拓人さんに秘密なのは……駄目だよ……」

 比奈が、しゅんと下を向く。それは分かってる。あたしだけの問題じゃないことくらい、分かってる。でも、もし堕ろせなんて言われたら、その場に立っていられる自信がない。ほんとうにできていたら、どうしたらいいの……?