指の隙間から零れたの
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 にこっと笑った比奈に、俺はふと安心する。
 あの事件から一週間は一日中俺にくっついて、外に出ようともせず、俺はそんな比奈を放っておけなくて、やむなく仕事を休むことになった。申し訳なさそうな顔をして、仕事に行ってと言うのだが、俺の意思で休んでいるのだから、と言うと黙ってしまった。服の裾は離さないままで仕事に行けと言われて行ける男がどこにいるというのだ。
 夜中もうなされることが多くなった。一緒に寝ていると、比奈がうめく声で目が覚めて、比奈を起こして抱きしめてやることが何度もあった。震えている比奈を抱きしめるたびに、俺の胸には怒りと切なさがわき上がってくるのだ。
 俺から離れない、という約束で、一週間ぶりに外に出た比奈は、びくびくと怯えていた。拓人の車に乗っている間はリラックスしていたが、俺の仕事場に着いて、男がたくさんいる環境になるとかちこちになってしまった。俺が紹介している間も俯いてしまっていて、可哀想だったかな、と思った。隅っこでパイプ椅子に座って俺の撮影を見ている比奈は、男がそばを通りかかるたびにびくっと身体を震わせて不安そうに俺のほうを見る。

「スパゲッティでもいいよね」
「ミートソース!」

 あれから一ヶ月、比奈は相変わらず数日に一度はうなされて目を覚まし、相変わらず男を怖がって拓人にすら警戒するようになった。拓人を傷つけている自覚はあるのか、申し訳なさそうな顔をするのだ。
 比奈を可哀想だと思うのと同時に、妙な感覚が頭をよぎる。
 比奈は俺にしか心を許さない、許していない。俺にしか触れない、触らない。比奈が頼るのは俺だけだ。そんな高揚感が身体を覆うように襲ってくるのだ。不謹慎な、と思っても、そう思うのはやめられない。
 くだらない支配欲。

「先輩?」
「あ、ああ、なんだっけ?」
「もう! ちゃんとお話聞いて!」
「ごめん」

 見下ろした比奈は、上目遣いでこちらをじっと見つめていた。この瞳が信用しているのは、俺だけ。ああ、梨乃ちゃんも信頼してるかな。でも、親友と言っても、所詮女友達。

「比奈」
「なんですか?」
「なんでもないよ、呼んでみただけ」
「うー?」

 不思議がる比奈に、支配欲がめらめらと燃える。と同時に、庇護欲もが俺を支配する。
 比奈を守っていくのは俺なのだ。他の誰でもない、俺。不安も不満もない。上等だ、守りきってみせる。
 盲目的に愛してるよな、自嘲的に笑うと、比奈は首を傾げていた。

「先輩、さっきから変ですよ」
「変かな?」
「笑ったり、何か考え事してたり」
「そう? ごめんね」
「んー……」

 唇に人差し指の先で触れて、比奈は何か考えるように目をうろつかせた。そして、はっとその大きな目を最大限に開いて俺のほうを見た。

「メイクの人といちゃいちゃしてた!」
「してないよ」
「してたもん! 比奈見てたもん!」

 ぷくっと頬を膨らませて、比奈はいじけ出した。可愛いなあ……。

「比奈が可愛いな、っていう話してただけ」
「むむっ、か、可愛くなんて……」

 頬を今度は真っ赤に染めて、比奈が俯いて手をぎゅっと握ってくる。
 そんな会話をしているうちに、マンションに着いて、オートロックを抜けて部屋を目指す。
 成沢を狂気に駆り立てた原因については当然心当たりがあって、俺と拓人は今その原因の彼女の仕事をひとつひとつ丁寧に潰している最中だ。

「せんぱーい?」
「あ、ごめん」
「今日ぼーっと多いですよ!」
「うん、考えることがいろいろあって」
「むー」

 俺の手で彼女の人生をめちゃくちゃにさせないと気が済まない。それくらいのことをしたのだ、彼女は。

「レタスの炒飯!」
「うん。俺、何かすることある?」
「じゃあ、えーと……ご飯チンしてください」
「分かった」

 俺は、比奈を守るためならなんだってする。

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