指の隙間から零れたの
09

「うわあ……」

 比奈が歓声を上げた。初めて、スタジオに入った彼女には目新しいものばかりなんだろう。カメラの調整をするカメラマンや、カメラの前に立った俺の化粧をするメイクさんやスタイリストさんを物珍しげな顔で眺めている。
 比奈はスタジオの隅っこのパイプ椅子に座って俺や俺の周りを見回して、きょろきょろと落ち着きがない。それに苦笑すると、メイクの加藤さんがメイク道具をしまいながらにやにや笑って言った。

「どうしたの? 自慢しにきたの?」
「違いますよ。ちょっと、ひとりにさせとくのが心配で」
「過保護だよー。もう二十歳なんでしょ?」
「そうなんですけど……」
「自慢しにきただけでしょ」
「ははは」

 信じてもらおうとは思わないし、ほんとうの理由なんか話す気はない。ただ比奈が目の届くところにいれば俺も安心できるというだけの話だ。

「尚人くん、なんか今日いつもよりリラックスしてない?」
「彼女がいるんで」
「そういうときって普通緊張しない?」
「いやあ、僕の精神安定剤だから」
「それ、言ってて恥ずかしくない?」
「まったく」
「イタリア帰りは違うわあ」

 加藤さんと笑っていると、ふと視線の脇に、比奈に近づくカメラアシスタントの姿が映った。手には紙コップを持っている。
 黙って見ていると、アシスタントは比奈ににこやかに話しかけて紙コップを渡そうとしているのだが、比奈はかちこちに固まったままぴくりとも動かない。俺は思わず大股で近づいていた。

「ありがとう。でも、この子男が苦手だから不用意に近づかないでくれますか」
「あ、そうなんすか、すいません……」
「いや、言ってなかった俺も悪いし……比奈」
「あのっ、ありがとございます……」
「いえ、その……レモンティーでよかったっすかね?」
「あっ、はいっ!」

 アシスタントから紙コップを受け取って比奈に手渡す。冷たい紅茶で比奈は喉を潤して、にっこり笑った。

「ありがとございます」
「おい、何やってんだ尚人、西尾」
「あ、すみません」

 カメラの用意は整ったようで、俺は慌てて位置についた。加藤さんがにやにや笑いながら最終チェックをして、俺はカメラを見た。