指の隙間から零れたの
05

 どうして、俺じゃなかったんだ。彼女に選ばれたのは、どうして俺ではなかったんだ。
 俺の頭をよぎるのは、そんな思いばかりだった。
 出会いの順番の後先を考えるのは不毛だ、だから比奈ちゃんと『先輩』が出会って恋をしたことは至極仕方のないことで、それについて出来もしない後悔などはしない。ただ、事情はどうあれ『先輩』が比奈ちゃんを手放したのは事実で、それは彼女に想いを寄せる者にとっては絶好のチャンスだったのだ。
 傷心の、隙だらけの彼女。

「……なんで、俺のもんになんなかったの……」
「う」

 比奈ちゃんの口を封じた手のひらに力を込めると、大きな瞳が苦しそうに歪んで、目尻からぽろりと涙がこぼれた。普段の自分ならきっと、この涙一粒で慌てて、やりすぎた、ごめん、などと曖昧に笑ってご機嫌をとるのだろう。今の俺には、そんなふうにごまかす余裕などなく、それどころか涙を流す彼女に、無性に苛立った。――そんなに、俺に触られるのは嫌か。

「なんであんな浮気野郎のもんなの……」

 ふと、視線を落とすと、手に遮られた顎のラインに、ほっそりとした白い首筋がなだらかに続き、桃色のエプロンと薄緑色をしたシフォンワンピースの襟が目に入った。押し倒したときに乱れたのか、ブラジャーのストラップが覗き、華奢な胸の上に慎ましく、隠すように刻まれた濃い紅色の口付けの痕。
 かっと頭に血が上った。

「俺には許さないのに、あいつには許すのかよ!」
「んん!」

 塞ぐ手に力が入る。
 ひどく理不尽だ。そんなことは俺自身痛いほど分かっていた。それでも、悔しい、悲しい、憎い、そんなマイナスの感情ばかりが頭を支配して、止められない。
 『先輩』に許されて自分には許されない、その生白い肌に指で唇で触れて愛憎を刻むこと。許されないのならいっそ。

「っひ……」

 喉に噛み付くと、比奈ちゃんが小さく息を吸った。押さえつけた細い顎はかちかちと震えている。瞳からとめどなく溢れる涙は、こめかみを伝ってアッシュゴールドの髪の毛を濡らしていた。
 皮肉なことに、彼女が見せる恐怖や拒絶のしぐさはすべて、俺の感情を逆撫でし駆り立てるものでしかなかった。

「なんで俺じゃだめなんだよ!」
「っいや、やめて……」
「うるさい!」

 俺の手が顔から離れ、ほぼ無意識にエプロンをたくし上げた。緩く結わいていた腰紐が解け、手に力を入れれば簡単に、エプロンは身からはがれた。手のひらに阻まれていた呼吸をして、比奈ちゃんが拒否の言葉を紡いでも、俺の手は止まらない。それどころか細い両腕を掴み、剥いだエプロンで束ね自由を奪う。
 なんで俺じゃないんだ。

 ◆