指の隙間から零れたの
04

「このマンション……前と違うけど、例の、花外大の女の子とシェアしてんの?」
「えと、それはもう違うくって、梨乃は、彼氏さんのおうち。比奈も、これ先輩のおうち」
「あ……そうなんだ……」
「成沢先輩?」

 成沢先輩が、眉をひそめる。

「……やめたほうがいいんじゃないの」
「え?」
「その、なんだっけ、柳尚人? やめたほうがいいんじゃない? いろいろ騒がれてるし、全部がホントだとはさすがに思わないけど、火のないところに……って言うしさ」

 鈍いとよく言われるあたしにも、目の前の彼が何を言わんとしているのかは分かった。君の恋人は浮気者だからやめたほうがいいと、そう眉を寄せる成沢先輩に、あたしは表しがたい不愉快を感じた。

「先輩にそんなこと言うの、やだ!」
「……でもさ」

 たしかに先輩は、なんだか知らないけれど週刊誌に、いろんな女の人と噂されている。

「比奈は、先輩のこと信じてんの! ちゃんと説明してくれるし、先輩もあんないっぱい書かれて疲れてんの! なんにも知らないくせに、成沢先輩にそんなこと言われたくな……」
「っうるせぇ!」

 がつん、と、後頭部に殴られたような衝撃が走った。痛みに思わず目を瞑り、開けると、玄関の照明を背にした成沢先輩が、至近距離で、澄んだ瞳を細めてあたしをにらみつけていた。慌てて本能的に起き上がろうとするも、押さえつけられたように不自然な抵抗を覚える。
 何、と問いかけようと口を開こうとしたが、その口が何かに覆われていることに気がつく。目を見開くと、成沢先輩の肩から右腕が自分の口元に伸びているのが見えた。

「……なんで……」
「……」

 搾り出すように呟いた成沢先輩の言葉が、玄関に乾いた音で響いた。