悪魔はヒールを鳴らす
05
今日の仕事は化粧品のCMで、元グラビアアイドルで現タレントとの絡みがあるらしい。
玲央奈、という名前の彼女に挨拶に行く。
「はじめまして。今日はよろしくお願いします」
「あ、はじめましてぇ」
豊かな身体を惜しげもなくさらす撮影用の露出度の高いゴールドのドレスを着ていた。猫のような目がこちらを不躾なくらいに見つめてくる。どことなくつくったような声に、今までの経験で、これは確実に狙われる、と察知して、俺はあまり仲良くならないようにしようと決めた。
撮影は、俺が彼女にマスカラを塗ってまぶたにキスをするという構成だ。もちろんほんとうにキスをするわけではない。フリだ、フリ。誰が比奈以外に仕事でもキスなんかするもんか。
「尚人くんって、彼女とかいるんですかぁ?」
いきなり核心ついてきたな。
「うん」
「あ、そうなんだぁ。ふぅん。何ヶ月くらいですか?」
「あー……」
何を真面目に答えてるんだ、と思いつつ、年月を数える。一年半、付き合って別れて、最近より戻したから……なんて考えていたら、玲央奈ちゃんの表情が変わって、猫科の大型獣のような目の色をしている。
「わたし、けっこう尚人くんのこと好みだなぁ」
「はあ、ありがとうございます。じゃ、撮影がんばりましょう」
捕まる前に玲央奈さんの楽屋から退散する。ああいうのは彼女がいようが平気でアタックしてきそうなタイプだ。とっとと撮影を終わらせて帰って比奈のことを抱きしめたい。ああ、想像したらうずうずしてきた。ほんとう早く帰りたい。
「じゃ、尚人さんと玲央奈さん入りまーす」
立ち上がってカメラの前に行く直前、玲央奈さんに囁かれた。
「ほんとにキスしちゃってもいいからね」
いたずらっぽく笑った彼女に、意地でもしてやるもんか、と決める。もともとする気なんかなかったが。
「スタート!」
玲央奈さんの頬を固定してマスカラを塗りたくる。まぶたに、キスをするように唇をくっつく寸前まで寄せて、静止する。
「はい、オッケーです!」
一発OKだ。ラッキー。あとはナレーションとかが入って、俺が塗ったへたくそなマスカラもCGできれいにされて、お茶の間に流れるわけだ。
俺は早足で楽屋に向かい、服を脱いで私服に着替える。比奈は今日大学何限あるのだろう、スケジュール帳の後ろのメモに、比奈の大学の授業の時間帯とかは全部書いてある。今日は一限しかないから、もう家に帰ってきている頃だろう。比奈にはバイトをひとつ辞めてもらった。最初は不満そうにしていたが、俺が帰ってくるときいつでも家にいてほしい、と言うと、頬を染めてはにかんで頷いてくれた。単純だ。そこが可愛いんだけど。