悪魔はヒールを鳴らす
04

 注文していた家電も家具も揃って、ほんとうの意味での比奈との同棲がスタートした。幸せいっぱい、と思っていたのも最初のうちで、俺の仕事が再開してからは、そうもいかなくなった。

「ごめん、今日中には帰れないかもしれない」
『う、あい。分かりました……』

 ばたついているスタッフの目を盗んで家に電話をかける。比奈は明らかにさみしそうな声を発していて、今すぐ帰って抱きしめたくなる。でもそんな無責任なことはできない。
 高校の頃ならいつでも好きなときに会えたのに。ふとそんなことを思う。俺たちは大人になってしまった。

「尚人、入って」
「あ、はい」

 慌ててカメラの前に立ってポーズを決める。このモデルという仕事は自分に向いている。自然な作り笑いも憂い顔も変幻自在だ。今までの生き方がそういう俺をつくった。
 俺は、笑ってと言われるよりもミステリアスな無表情(要は真顔)を要求されることが多いので、あんまり作り笑いは役に立たないが。たまにミステリアスでニヒルな笑みを要求されることもあるが、そんなだってお茶の子さいさいである。
 どうやら、日本での俺の売り込みは、ミステリアスなクールビューティという方向でいくらしい。だから、尚人という名前以外のプロフィールは公表していない。もっとも、高校の頃載った雑誌に基本的なプロフィールが公表されているので、知っている人は知っている、そんな感じだ。
 ミステリアスなクールビューティって、俺と一番縁遠いキーワードだな、そう思いつつも、そんなふうに振る舞うことはできる。
 何度かカメラのフラッシュを浴びて、俺はとりあえずの休憩をもらった。今日のカメラマンが頑固というか仕事命というか職人気質というか、そのせいでなかなかOKが出ず、夕方からはじめた撮影は深夜に持ち越した。

「コーヒーでも飲むか?」
「ああ、ありがとう」
「あと一回衣装を着替えて、それきりだ。時間が時間だし、インタビューは明日に回しておいた」
「ありがと。明日は、インタビューだけ?」
「ああ。たぶんすぐに帰れると思う」
「よかった」

 最近、比奈の寝顔しか見ていないような気がする。家まで拓人に送ってもらって、静かに部屋のドアを開ける。
ラップのかかった夕食がダイニングテーブルに置いてあって、ソファの上ですよすよと寝息を立てる比奈を、寝室のベッドに寝かせてから、食事を食べる。美味しいけど、味気ない。比奈と一緒に食べたかった。
 そもそも仕事がこんなに入っているのも、半月休みを取って蜜月を過ごしたせいなのだ。誰かを恨めるものではない。

「はあ……」

 もうしばらくしたら落ち着くかな。それならいいんだけど。
 そんな思いを込めて、俺は長く息を吐き出した。