何も言わなくていいよ
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 教室のある棟に入っていく。そして、とある教室に入って、比奈は立ち止まって少し考えるように首をかしげた。そこには、俺とお揃いのリングが光っている。ちゃんと、リングは交換したので、比奈の首に今かかっているのは細いほうだ。

「目立たない一番奥に座ろう」
「あい。でも、人数多い講義だから、ひとりくらい増えても誰も気にしないですよ」
「そうならいいけど」

 相変わらず感じる周囲の視線に、俺は逃げるように一番奥の後ろの席に座った。大きな講堂で、一番目立たない場所だ。比奈は周囲の目を気にすることなく講義の準備をしている。
 ひそひそと話し声が聞こえる。すべてがすべて自分に向けられているわけがないのは分かっているが、大半の瞳が俺を見ている。……ばれたかな。そう思ってうつむく。

「先輩、どうかしたですか?」
「いや、気づかれてる気がして」
「そうですかー?」

 比奈がくるくると辺りを見回す。そして初めて向けられる視線の多さに気づいたようだ。

「先輩かっこいいから、皆見てるんだ」
「ありがと。そうであることを祈ってる」

 チャイムが鳴って、教授かどうか知らないが先生が講堂に入ってきた。皆が静かになって、一斉に前を向いた。
 そして、俺にはちんぷんかんぷんの授業がはじまる。比奈を横目でちらっと見ると、真剣そのものでノートに訳の分からない言葉を並べている。読みにくい丸い文字は健在だ。
 授業が終わっても、俺はしばらくぼうっとしていた。比奈はあんな意味分からんことを理解しているのか。なんだか不思議な感じだ。

「先輩?」
「あ、うん」
「帰るですよー」
「他の授業は?」
「今日はこれだけですー」

 比奈がご機嫌だ。

「じゃあ今日、このあとカフェでも行ってご飯する?」
「する!」
「スタバだね」
「うん!」

 手をつなぎながら大学をあとにして、俺たちはスタバのある駅ビルに向かった。
 こんなことを言ったら、笑われちゃうかもしれないけど……、

「幸せだなあ」

 ぼそっと呟いてみる。

「え?」
「ううん、なんでもない」

 たぶん、高校生の頃に感じていた幸せと似ているけれど、違う。
 俺はきっと比奈がいなくても生きていけたりするんだ、生活にはりはなくなるかもしれないけれど、それでも、比奈なしでもちゃんと人生をまっとうできる。
 でも、幸せであることが悪いことじゃないってちゃんと分かったし、そうなら幸せであるほうがよりよいってことも分かった。
 だから、俺はちゃんとここにいて比奈と一緒にいることを、噛み締めている。

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