何も言わなくていいよ
06

「……なるほど。お約束と言うかなんと言うか……」
「粋な計らい、と言ってほしいな」
「陳腐すぎます、誕生日プレゼントが尚人先輩だなんて」
「そうか? なかなかいい思い付きだと思ったんだが」

 ホテルのカフェで拓人さんと向かい合ってコーヒーをすする。
 今頃再会しているだろうふたりを思うと、ようやく、比奈の心からの笑顔が見れるのだと思うと、心の底からほっとする。

「もうこっちに帰ってくるんですか?」
「ああ、ヒサトもGiapponeを基点に仕事をすることにしたからな。時々は海外に飛ぶこともあるだろうが、基本はこっちで仕事だ」
「あなたは?」
「俺?」

 面食らったように、拓人さんが頬杖を解いた。

「俺はヒサトのマネージャーだからな。ヒサトと同じでこっちに腰を据えるよ」
「そうですか……」

 はあ、とため息をつく。素直に喜べない。
 ほんの浮気のつもりで遊んでいた加藤先輩から、真剣に交際を迫られているのだ。軽く流してはいるが、拓人さんにばれたら烈火のごとく怒りだすだろう。何せ、昔彼を吹っ切って恋人を作ったら、殴りこそしないがめちゃくちゃ乱暴にされた。

「なんだ、もっと喜んでくれると思ったんだがな」

 唇を尖らせて、拓人さんが微笑む。この男前に、何人の女が落ちただろう。彼は今何人の女と関係を持っているのだろう。

「ところで、今日はここに泊まっていくだろう?」
「え?」
「ヒサトとせっかく三年ぶりに再会したんだ。向こうも向こうでいろいろ積もる話もあるだろう」
「邪魔をするなと」
「まあ、平たく言えばそうだ」
「分かりました……」

 あたしたちの家に、きっと尚人先輩は泊まるのだ。それを邪魔するほど空気が読めないわけではない。それにあたしだって、拓人さんと会うのは二ヶ月ぶりだ。

「ところで」
「ン?」
「レイチェルは元気?」
「……なんのことだい?」
「あたし、二年間でだいぶイタリア語上達したんです」

 コーヒーをすすりながらにらみつけると、観念したように拓人さんが頭を掻く。

「レイは向こうのスタイリストで、仲良くしているが、それだけだ」
「身体の関係を持っている、それだけ?」
「……」
「あなたの仲良く、って範囲広いね」
「……すまなかった。俺が愛しているのはリノだけだよ」
「どうだか。他の女にも同じこと言ってるんじゃないの」
「それは誓って、ない。ほんとうだ」
「……」

 どうだか。
 ……そもそも、この人に愛されようなんて、おこがましいのかもしれない。あたしは頭の奥で、ちらりと思った。