何も言わなくていいよ
04

「ほんま、かわいいは正義やな〜」
「う? なんですか、それ?」
「知らん。乾が言うててん」
「ふーん」
「比奈ちゃん正義やなあ」
「え、比奈ですか?」
「可愛ええもん」
「ほっ、褒めても飴ちゃんくらいしか出ませんよ!」
「出るんかい」

 伝票の整理をしていると、デスクで書類を見ながらタバコを吸っていた店長が、いきなり話しかけてきた。

「投げますよぉー」
「え、ほんまにくれるん」
「たあ!」
「ほっ、と」

 ポケットに入れていたイチゴ飴を店長に向かって投げる。うまくキャッチした店長が顔をほころばせて包みを破る。

「やっぱタバコのおともには甘いもんやなあ」
「そうなんですか?」
「比奈ちゃんも大人になったら分かるで」
「比奈もう大人ですよ! 二十歳なったですよ!」
「ああ、せやったな……あかん、仕事せんと平岡に怒られる」

 無精ひげを撫でながら、店長は仕事に戻った。あたしも伝票に目を落として、作業に戻る。
 ちらり、と壁にかかっているカレンダーを見る。そして、どきっとした。
 明日だ。
 明日、十八日は、あたしが毎年心待ちにしている日だ。バイトも何も予定を入れないで、一日中あの丘で待つ。去年も、その前も、先輩は現れなかった。いつかきっと帰ってくるから大丈夫、と思ってみても、心は痛かった。今年も同じ思いをするのだろうか。
 ふと、誕生日に電話をくれた拓人さんの含み笑いを思い出す。そういえば、拓人さんからのプレゼント、まだ届いてないな。
 と言うか拓人さんはいつ帰ってくるのだろう。梨乃はまた同じサークルのイケメンさんと浮気してるし。拓人さんのほうが絶対ぜーったいイケメンさんなのに。でも、拓人さんも浮気をするんだよね、梨乃がいるのに。なんであのふたりはそうなんだろう。あたしと先輩にはありえないことだ。あたしは先輩が大好きだし、先輩もそうだって信じてるから。成沢先輩に少し心が揺れ動いたのは、ちょっとごめんなさいって思ってるけど。
 梨乃はなんで、拓人さんはなんで、ほかの人に触ることができるのだろう?