何も言わなくていいよ
02

 アイス屋さんのバイトは楽しい。店長がとてもおもしろい人だし、スタッフは皆優しい。特に仲がいいのは、花ちゃんという年上のフリーターさんだ。甘いものが大好きで、密かに店長を狙っているらしい。店長は舐めたら甘いのだろうか。

「お疲れさん」
「あっ、店長! お仕事お疲れ様です!」
「……比奈ちゃんだけやで、こんな老いぼれを敬ってくれるのは……」
「?」

 手を目の上に重ねておいおいと泣いている店長。どうしたのかな。目にゴミが入ったのかな。
 店長が、汚い机の上からがさがさと何か出して、あたしの手首を握り手のひらにぽんと渡す。見ると、それはチュッパチャップスだった。

「比奈ちゃん、今日お誕生日やろ。プレゼントや」
「うわあ、ありがとございまあす!」

 包み紙を破いて、早速頬張る。いちごミルクだ! やった!
 にこにことあたしを見ている店長。あ、分かった。花ちゃんはいつも甘いものを持ち歩いてる店長の、荷物を狙ってるんだ。なるほど! たしかにあたしも店長の甘いお荷物ほしい!

「ではっ、お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ〜」

 ぺろぺろ舐めながら事務所をあとにする。駅まで続く商店街を歩きながら、夕方になって少し肌寒くなった空気にふるりと身体が震えた。もうそこまで春が来ているのに、朝夕は冷える。
 チュッパチャップスを口の中で回転させながら歩いていると、ぐっと肩を掴まれた。思わず振り返ると、そこには息を切らした成沢先輩が立っていた。

「せ、先輩……」
「今、通ったの見えて、その……この間はごめん」
「先輩が謝ることじゃないですよ! 比奈が全部だめなんです!」
「でも、あれ以来電話も出てくれないしメールも無視されるし……正直へこんだ」
「すす、すみません……」
「もう何もしないから、よかったらまた遊んでくれないかな?」
「でも……比奈は……」
「分かってる、俺に似てる先輩が好きなんだろ?」
「……」

 思わず俯くと、髪の毛をくしゃりと撫でられた。

「友達として、ね、また遊ぼう?」
「……考えるです」
「そっか……とりあえず、電話とか無視しないでくれると嬉しい」
「……」
「じゃ、俺ここでバイトだから」
「さよ、なら」

 先輩が示したビルには塾が入っていて、先輩は塾講をやってるんだと初めて知った。お互いのことを知らなさすぎたんだ。いや、知る必要がなかった、成沢先輩の個人情報を必要以上に知ってはいけなかった。あたしが成沢先輩に尚人先輩を重ねていたから。完全にフィルターをかけて見ていた。今ならそうだと分かる。
 ぷらぷらと歩きながら、少し目に涙がにじんだ。とってもさみしい。