何も言わなくていいよ
01

 比奈がバイトのシフトを増やした。忙しいとすべてを忘れられるんだと言いたげに。
 本人はきっとそんなことは考えておらず、ただ何かに没頭したかったのだと思う。
 期日は迫っている。先輩が消えて三度目の春。十八日。比奈はその日まで没頭する。今年こそ、今年こそと思いながら、没頭する。
 成沢先輩のことはとんと聞かなくなった。本当にもう会わなくなったようだ。時折、着信を告げる携帯を切なそうな顔で見つめていたりする。それはきっと、相手が成沢先輩だからだと思う。

「行ってきます!」
「いってらっしゃい」

 今日も朝からアイス屋のバイトに出かけた比奈を玄関で見送って、タマにエサをやる。
 朝十時って、テレビが一番つまらない時間帯だ。ドラマの再放送をつけっぱなしにして、洗濯かごを持ち上げる。
 今日もいい天気である。ベランダに洗濯物を干しながら、太陽の眩しさに目がくらむ。食事を終えたタマは、部屋に入ってくる光の下に寝そべって、気持ちよさそうに腹を見せている。ああいうのを見ると、いじり倒したくなる。
 タマが消えた先輩と引き換えに我が家にやってきたのは、もう三年も前のことだ。一年をあたしの実家で過ごし、二年目からは、比奈と借りたこのアパートで暮らしている。あたしよりも当然比奈のほうに馴れていて、はじめの頃はあたしが近づくたびに警戒されたものだ。今じゃ、足に擦り寄ってきて飯の催促をするまでになったが。

「タマ、掃除機かけるから邪魔だよ」
「にゃー」

 話しかけると、おとなしくどいてくれる。尻尾をゆらゆら揺らめかせながら、ドアが開いていた比奈の部屋に入っていった。
 ときどき思う。タマは、あたしたちの言っていることが分かるんじゃないだろうかって。まさか、ないない。とか思ってみても、比奈とタマは完全に会話しているようにも見える。気のせいだと思いたい。
 三月三日、今日は快晴。比奈の誕生日会を比奈の実家でおこなうことになっている。今日は何の予定も入っていないので、夕方に帰ってくる比奈と一緒に相沢家に行けばいいだけだ。きっと拓人さんからもお祝いの電話がくるだろう。……先輩は、毎年拓人さんが寄越す電話に、出たことはなかった。