淋しいとただ言い訳を
09

 十月の十六日。尚人先輩の母親の命日だ。あたしと比奈は、花を買って墓地へ向かう。
 今年も、拓人さんとルカさんが先に来ていた。

「拓人さん」
「ああ、来たな」
「もう墓石洗ったですか?」
「ああ」

 墓石の前に花を添えて、あたしは立ち上がる。比奈はしゃがみ込んだまま手を合わせて目を閉じていた。何を祈っているのかは知らないが、毎年のことだ、好きにさせている。
 比奈が墓石に向かっている間、あたしは拓人さんとの約一ヶ月ぶりの再会に、少し胸を高鳴らせていた。

「今度はどれくらいいるんですか?」
「そうだな。撮影のこともあるし、三日間くらいだな」

 あと三日。精一杯素直になって、いつものように無駄にしないようにしよう。拓人さんと顔を合わせると、いつも浮気のことでケンカになって、不毛な言い争いで時間は過ぎてしまう。

「ホテルに泊まっているんだが……来るだろう?」
「……はい」

 この男前に色目を使われたら、断る術はない。自動的に首は縦に揺れ、素直じゃない右手が拓人さんの服の裾をつまむ。手なんか、恥ずかしくて握れない。
 比奈が立ち上がって、顔をこちらに向けた。

「先輩は元気ですか?」
「ああ、元気だよ。先週ちょっと風邪を引いたくらいだ」
「そっか」

 にこっと笑った比奈の頭を、拓人さんがわしゃわしゃと撫でる。艶のあるチョコレート色の髪の毛がきらきらと陽の光に反射して眩しい。
 そして四人で墓地をあとにして、あたしは拓人さんと一緒にホテルへ、ルカさんは比奈を車で送り届けることになった。

「梨乃はいいなぁ」
「何が?」
「だって、拓人さんしょっちゅう来てくれる」
「ああ……」

 しょんと下を向いた比奈を促すように、ルカさんが助手席のドアを開けた。比奈はおとなしくちょこんと助手席に座り、ドアを閉じた。窓を開けて、比奈が身を乗り出す。

「拓人さん、またね!」
「ああ」
「梨乃もばいばい!」
「ばいばい」

 ルカさんが運転席に乗り込んで、エンジンをかける。比奈の「じゃーねー」という間の抜けた声が遠ざかっていく。車が消えたのを合図にしたかのように、拓人さんがあたしの手を握る。

「行くか」
「あ、はい」

 少し後ろをついていき、拓人さんの背中を見る。たくましい背中、二の腕、手のひら。何も分からなくなってしまうくらい、この人のことが好きだ。大好きだ、愛してる。だから、つらい。