淋しいとただ言い訳を
04

 言い過ぎた。
 彼女が心配なあまり、思わず合わせて感情的になってしまった。
 リビングでテーブルに頬杖をついて、ばたばたと出て行った友人を思う。比奈だって、いつまでも子どもじゃない。あたしがあわあわと世話を焼いてやることはないのだ。同い年で、彼女にもプライドだってあっただろうし、せっかくできた友達を否定されて、そりゃあ怒るのも無理はない。成沢先輩の顔を見ていないからなんとも言えないが、いや、なんとも言えないくせに文句なんかつけて、馬鹿かあたしは。
 ぼんやりそんなことを考えていたら、携帯が鳴った。ディスプレイを見ると、拓人さんからの電話だった。

「……もしもし」
『Ehi,amore、元気がないね』
「比奈とちょっと、ケンカを」
『へえ? 君たちでもケンカをするんだな』
「そうみたいですね」
『で? 原因はなんだい?』
「たいしたことじゃないんです。あたしがあの子の交友関係に文句つけたから」
『リノが文句をつけるなんて、よっぽどだな』
「いや、全面的にあたしが悪いんですよ」
『自分をそんなに責めるなよ』

 優しい拓人さんの声に、ヒートアップしていた思考回路が冷静になってくる。比奈が帰ってきたら謝ろう。言い過ぎてごめんねって。
 他愛もない世間話をしていると、拓人さんの背後から彼を呼ぶ男の声が耳に届いた。今の声……。

「尚人先輩?」
『どうしたヒサト』

 やっぱりだ。
 拓人さんが、ちょっと待っててくれ、と言って、尚人先輩となにやら話しこんでいる。それが終わって拓人さんが電話に戻ってくる。

『悪い』
「ねえ、尚人先輩に代わってくれます?」
『あ? ああ、いいよ』

 少しして、警戒するような調子で、梨乃ちゃん? と、二年半ぶりに尚人先輩の声を聞くことになった。

「どうも、お久しぶりです」
『久しぶり……』
「ああ、安心してください。ここに比奈はいませんよ」
『あ、そう……』

 あからさまに気を抜いた感じの先輩に、苛立つ。

「いつになったら帰ってくるんですか」
『それはまだ……決まってない』
「比奈だっていい加減愛想尽かすかもしれませんよ」
『分かってるよ、でも、もう少しだけ』
「ハァ……」
『比奈は元気?』
「元気ですよ、不自然すぎるくらいにね」
『……』

 沈黙が痛い。尚人先輩の悲痛な思いが電話越しにも伝わる。ああ、苦しんでいるのは比奈だけじゃない。妙に安心する。
 長すぎる沈黙にほうけていると、拓人さんがあたしの名を呼んだ。

『リノ?』
「あ、はい」
『そろそろ仕事だ。またな』
「ああ、はい、さようなら」

 電話が切れたあと、ぼおっと携帯を見つめる。
 大丈夫、苦しんでいるのは、比奈だけじゃない。彼も、自業自得とは言え苦しんでいる。
 さみしいだろうか?
尚人先輩の気持ちの中に、さみしさがあるなら。いいや、ないはずはない。彼はさみしさをどう消化するだろうか? 彼のことだ、内に溜め込んで、爆発して拓人さん辺りに当たっているのだろう。女で解消していないことを祈る。比奈とするのに一年待った先輩が、女に走るとは思えないが、さみしいという感情はやっかいだ。
 時計を見ると、六時を回ったところだ。比奈が帰ってくるのは十時過ぎだから、あたしはひとりで食事をとらなくてはいけない。
 何も作れないので、買い置きしてあったすぐ美味しくてすごく美味しいやつを食べた。ひとりの食卓なんて、この生活になってから二年半、何度もあったのに、今日はなぜかすごくむなしく感じた。