淋しいとただ言い訳を
02

「鍵返してもらった?」
「うん!」
「そ」

 バイト帰り、大学に鍵を取りに行った帰りの比奈に出くわして、一緒に家まで歩く。
 ぽやぽやとした雰囲気はいつものことだが、今日はなんだかそれに増してぽやぽやしている気がする。

「なんかあったの?」
「何が?」
「いや、ご機嫌そうだから」
「成沢先輩のね、アドレスをゲッチューしたの」
「それ、ご機嫌要素?」
「うーん……成沢先輩は、尚人先輩に似てて、あんまり怖くないし、お友達が増えるのは嬉しい!」
「……」

 あたしは、比奈に何も言えなかった。
 もしかして、その成沢先輩とやらに、尚人先輩を重ねている?
 そうだとしたら大問題だ。友達、と本人が思っているうちはいい。でもそれが尚人先輩の代わりになる可能性だって十分にありえる。この二年間、比奈の心からの笑顔を見ていない。どんなに笑っていても、さみしい、いつもそんな影のつきまとう心地がしていた。
 そう、さみしい。これは危険な感情だ。
 あたしだってさみしい思いをしている。拓人さんは月に一度来るか来ないかだ。そりゃあ比奈の気持ちに比べたら瑣末なものかもしれないけど、連絡だって三日と間を置かずくるけど、さみしいものはさみしい。その上浮気までされている。だからやけになって、あたしを好きだと言ってくれる人と寝る。あたしはそれで傷ついたりしないけど(ほんとうは傷ついているかもしれないけど)、比奈はきっと違う。
 尚人先輩への想いが膨らんで膨らんで爆発したとき、彼女は『似ている』成沢先輩に逃げてしまうんじゃないだろうか。
 さみしいというのは、残酷で危険で悲しい感情だ。

「……よく考えるんだよ、比奈」
「え? 何をー?」
「……自分のこと」
「?」

 低い位置にある比奈の頭をそっと撫でる。不思議そうにこちらを見た比奈は、首をかしげてあたしに呟いた。

「比奈、自分のことちゃんと考えてるよ」
「うん、でも、一応ね」
「なにそれー」

 あはは、と笑う比奈に、あたしも笑い返して、遠い海の向こうにいる先輩を思った。はやく帰ってきやがれ、ちくしょう。