淋しいとただ言い訳を
01

 写真部の部室で後輩たちと喋っていると、トントンと控えめなノックのあと、静かにドアが開いて比奈ちゃんがひょっこり顔を出した。
 ポケットから鍵を取り出して、あのあのあの、とちょっと引き気味でどもる比奈ちゃんの手首を軽く握って手のひらに置いた。握った手首は病的に細くて、この子大丈夫か、とちょっと思った。

「昨日、比奈何かしましたか?」
「え?」
「お酒飲んだらダメって言われてるです」
「あー……」

 俺と先輩を勘違いしていたが、それは酔っていたせいだったろうか。

「比奈ちゃんさー、彼氏とかいる?」
「えっ……い、いない、です」
「元彼とかは?」
「……もとかれ……」
「それって先輩?」
「え?」

 大きな目をさらに大きくして、比奈ちゃんが俺を見た。その真摯な瞳に嘘をつけず、俺は昨日のことをおおまかに話した。すると、比奈ちゃんの頬がみるみる赤く染まり、彼女は手のひらで頬を覆った。

「うわわ、間違えちゃったですか、ごめんなさい!」
「いや、いいんだけどさ」
「夢じゃなかったんだ……」

 うつむいてごにょごにょと呟く比奈ちゃんに、一抹の興味がわいた。艶のあるチョコレート色の髪の毛をなんとなく撫でると、ずざざっと引かれた。

「何?」
「なっなっ、また触った!」
「うん、触ったけど」

 彼女の狼狽の意味が分からない。あたふたと髪の毛をしきりに梳く比奈ちゃんを見ていると、後輩のひとりが俺に言った。

「成沢先輩、その子男苦手なんすよ」
「あ、そうなん?」

 怖がらせてしまったか、と比奈ちゃんを見ると、ちらちらと俺のほうを見ながら胸まである長い髪の毛を梳いている。ちょっと上目遣いになっていて、可愛い。
 もしフリーだったらアタックしていただろうくらいには食指が動く。好みのタイプだ。

「まあ、何かの縁だし、メアドでも交換する?」
「メアド?」
「うん。携帯持ってるでしょ?」
「う、あ、はい」

 鞄の中から携帯を取り出した比奈ちゃんが、赤外線をこちらに向けた。アドレスを交換し終えると、比奈ちゃんはまじまじと携帯の画面を見て呟いた。

「直樹先輩?」
「うん。よろしくね、比奈ちゃん」

 すっと握手のつもりで手を出すと、不思議そうにその手と俺の顔を、大きな目が往復する。

「う?」
「握手だよ、握手」
「うえぇ」

 引きつった顔の比奈ちゃんの手を取って、無理やり握手して離す。この子おもしろいな、と思いながら見ていると、あわあわと携帯を鞄にしまってくるりと背を向けた。

「さよならです! ほんとにありがとうでした!」
「うん、またね」

 また、があるかどうかは疑問だが、前の彼氏とはどうやら訳ありらしい、男嫌いの彼女に興味を持った。

「……処女かなあ」
「先輩……」
「さすがにキスもまだってことはないよな」
「そうっすねぇ……男嫌いなのに彼氏がいたことのが俺としてはびっくりですけど」
「うーん……」
「先輩、彼女いるじゃないすか」
「うん、そうなんだけど……」
「……」

 彼女の顔がちらりと浮かぶ。最近、あいつに男の影が見え隠れしているのには気付いていた。俺も俺で、それを咎める気がないのが問題だ。

「よし、決めた」
「は?」
「俺彼女と別れるわ」
「なんでまた」
「比奈ちゃんが気になる」
「……」

 今日は幸い彼女と会う日だ。俺は別れの文句を練りながら、比奈ちゃんのことを思った。
 今度お茶にでも誘ってみよう。