ペアリングは靴の中に
09

「……」
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
「ハァ……」

 帰ってきて机の上にあるメモを見つけた。内容を読んで、思わず比奈を深夜だというのに叩き起こした。
 すっかり酔いも醒めたのか、しゅんとしてうなだれる比奈を前に、あたしは思わずため息をついた。

「お酒飲むなって尚人先輩に言われてたでしょ?」
「ジュースだと思って……」
「送ってくれた人がいい人だったからよかったものの……ヤられてたらどうするのよ」
「ヤられる?」
「食われてたらどうするつもりだったの、って聞いてるの」
「ひぃっ」

 比奈が青い顔をして、あたしに土下座をする。

「ごめんなさいぃ」
「あたしに謝ってどうすんの。あと、この成沢先輩って人から、鍵、返してもらってきなさいね」
「うん……」
「まったく……」
「でも、比奈、すごくいい夢見た」
「は?」

 話が全然つながらない。今はあたしの説教タイムなのにどうして夢の話になるのだ。

「先輩がおんぶしてくれて、もうどこにも行かないよって言ってくれたの」
「……夢でしょ」
「うん……でも、夢に思えないの」
「尚人先輩は今イタリア! 夢は夢、比奈、もういい加減現実見なよ」
「先輩は帰ってくるの! 約束したんだもん!」
「そう言って二年もあんたをほったらかしにしてるじゃない!」
「それは、だって……」

 そう、先輩はずっと比奈をほったらかしにしている。帰ってくるから、なんて甘い言葉で縛り付けて。何が、強くなりたいよ、全然強くなってないじゃない。

「この成沢先輩でもいいから、適当に付き合ってみたらどう? 尚人先輩のおかげで、前より男、平気になったでしょ」
「成沢先輩はダメ!」
「なんで?」
「……似てるの」

 比奈は俯いたまま、一粒涙をこぼした。
 言い過ぎたか、と慌ててフォローしようと口を開くと、それより先に比奈が呟いた。

「成沢先輩、似てるの」
「誰に」
「先輩に」
「……」

 それで、あたしは理解した。比奈が見た夢は夢なんかじゃない、現実だ。成沢先輩による、比奈のための。

「……とにかく、鍵は返してもらってきてよね」
「わ、分かってるよ……」
「それと、もうお酒は飲まないこと」
「あい」

 素直に返事をした比奈の頭をくしゃくしゃと撫でる。なあに、と目で問いかけてきたのを、目を伏せて逸らす。

「もう寝よう。あたし明日は朝からバイトだし。比奈もアイス屋でバイトでしょ」
「うん……おやすみ、梨乃」
「おやすみ」

 それぞれの部屋に入る。
 あたしは妙な胸騒ぎがして、なかなか寝付けなかった。
 なにか、とても悪いことが起きる予感がしたのだ。理由は分からないけれど。

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