雨の日の魚と猫と天使
13

 猫が、しずしずと歩いてきて俺の足元に立つ。そして催促するように俺のはいているジーンズにその身を擦りつけた。

「ちょっと待ってね」

 シャワーを浴びた俺と猫は、ほかほかと体から湯気を出して、台所にいる。猫はシャワーがお気に召さなかったようですみっこに丸まっていたが、缶を開ける音が気になったのか、こうして足下に寄ってきた。

「はい、どうぞ」

 皿にあけたツナっぽい物体にかぶりつく猫を、俺はしゃがみ込み膝に頬杖をつきながら見ていた。
 この家に自分以外がいるのは、ずいぶん久しぶりに思えた。そして、そのことに意外と嫌悪感がない自分は、きっと初めてかと思う。

「……猫だしね」

 猫が、俺の声に反応したのかちらりと顔を上げた。

「こっちの話」

 にっこり笑うと、それを分かったのか分かっていないのか、また顔を俯かせてツナを食べた。
 とりあえず、キッチンの隅が気に入ったようなので、そこにもう使わないタオルを敷いてやった。
 飼うと決めたからにはいろいろと入用になるのだろうが、バイト代が入るまであまり無駄遣いをしたくはないので、それはまた後日だ。
 今回こそは、バイト代もらえますように。
 諸事情により、今月の初旬に前のバイトを辞めたが、店長がケチで、先月の給料日の翌日から辞めるる日までの日当をくれなかった。まさにただ働き。ああいう悪行は消費者センターにでも訴えればいいのだろうか。

「……」

 物珍しそうに台所をうろつく猫を呼ぼうとして、言葉を飲み込む。タマ、はさすがになんの捻りもなさすぎる。

「お前、なんて呼ばれたい?」

 猫相手に何を言っても無駄なのは分かっているが、動的なものがあるとつい語りかけたくなってしまうのは、人のさがだと思う。
 名前をつけるにあたってオスかメスかを判別しようと、抱き上げて覗き込むが、いまいち分からない。しかしこの凛々しい顔は、おそらくオスであろう。猫の美醜に詳しくはないが、不細工ではない。

「名前は、明日比奈ちゃんと一緒に決めればいいよね」
「にゃー」

 抱き上げた猫は、自分と同じぬくもりを持っていた。

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