雨の日の魚と猫と天使
12

「じゃあ、こいつは俺が飼うよ」

 比奈ちゃんのほうに傘を傾けると、丸い目をますます丸くして、そして破顔した。

「ほんとうに?」
「うん。ひとりぼっち、寂しいから」
「先輩、おうちひとりぼっちですか?」
「ん……猫がだよ」

 青い人が一人座れるくらいのソファと小さな丸テーブルが置かれた部屋を思い浮かべる。茶色と緑も、悪くはないかもしれない。
 俺の住んでいるマンションは、たしかペットもいけたはずだ。

「猫ちゃんと先輩、きっと仲良くなれますね!」
「どうして?」
「んー……だって、同じ目、してるから」
「同じ?」
「はい。優しい目」
「そう?」

 容姿について褒められたことは、数え切れないほどあるが、優しい目だと言われたのは初めてだ。
 うれしそうな比奈ちゃんを見て、俺も、柄にもなくうれしくなってしまう。

「お名前、何にしますか?」
「……緑と茶色だから、抹茶チョコ」
「先輩センスない」
「はぁ? じゃあなんて名前がいいの?」
「うーん……、タマ!」
「俺よりセンス悪いよ」

 傘を、比奈ちゃんのほうに傾けるのは、妙に心臓がこそばゆかった。
 比奈ちゃんのマンションまで彼女を送ると、別れ際にそのボーダーの傘を押し付けられた。

「先輩はタマちゃんと一緒だから、傘持ってなきゃ、めっですよー」
「え、でも……」
「あっ、あとこれも! どうぞ!」
「何これ」
「送ってくれてありがとうです! さようなら!」
「ちょっと」

 傘を返す間もなく、渡されたコンビニ袋の中身も知らされないまま、比奈ちゃんはこちらに手を振りながらオートロックの向こうに消えていく。完全に姿が見えなくなったあと、袋を覗き込むと、キャットフードの缶が三つ入っていた。
 さっきは、これを買いに行っていたから、姿がなかったのだな、と合点する。

「……じゃあ、帰ろっか」

 いつもの電車の中。赤と白のボーダー柄の傘と子猫を脇に抱える男は、少し目立ったと思う。