ペアリングは靴の中に
06

 日頃比奈はサークルの飲み会でもお酒を飲まない。昔彼氏に飲むなと言われたことがあるそうだ。私は何より、比奈に彼氏がいたことに驚いた。だって比奈は、なぜ男子のほうが多いと分かっている理系の学部に来たのか疑問なほど、男が苦手だ。男子学生とは常に距離を取って、触れようものならびびって逃げ出す。
 愛くるしい小動物のような外見で、女の少ないこの数学科の男たちを虜にした比奈は、なんだか危なっかしくてつい面倒を見ているうちに仲良くなった。一言で言うと、変な子だ。
 一人称が名前って時点で私は軽くうざいと思ったし、突然奇声を発したり奇異な行動をとったり、扱いきれない。梨乃というルームシェアしている高校からの友達に数回会ったが、私には彼女のように比奈のすべてを受け入れることができない。だってちょっと頭おかしい。
 数学科では、私と比奈が男子の癒しになっている。私はたしかに背は低いし垂れ目だし可愛いし、今まで彼氏が途切れたこともない。今はいないけど、いいなと思う人がいない、それだけの話だ。彼氏選びに妥協はしない。
 対して比奈は、私よりもっと背が低くて、チョコレート色の長い髪の毛とくりくりした大きな目が印象的で、男が苦手だ。今まで彼氏はひとりしかいなかったらしい。そして、別れた今も未練たらたらだそうだ。本人いわく、お互い好きで別れたわけじゃないらしいが。

「るみちゃんもちゅー」
「こら比奈」
「かずきくんもちゅー」
「喜んで!」
「馬鹿野郎!」

 伊田くんにストップをかけ、比奈を席に座らせる。

「こら、比奈。誰でも彼でもちゅっちゅちゅっちゅしないの!」
「えぇ〜え〜なんでぇ〜」
「伊田くんみたいに勘違いする子が出てくるでしょ」
「ふぅーん。じゃあ、きららちゅー」
「分かってないでしょ……」

 キスしてこようとする比奈の顔を押しのけながら、程よく酔っ払ってきたみんなを見回す。比奈が酔って何をしようが関係なさそうだ。と、そこで成沢先輩がふと私を見て言った。