ペアリングは靴の中に
05
「比奈、トイレ」
「あ、うん」
逃げるみたいに席を立って、トイレに入る。鏡に映る自分の顔は、動揺の色をたたえていて、目元は赤く染まって泣きそうだ。
先輩、先輩、先輩。
頭を、優しい笑顔の尚人先輩がぐるぐるめぐる。会いたいよ。ねえ、すごくすごく会いたいよ。
結局、少し泣いて、それが収まってからトイレを出ると、そこには成沢先輩が立っていた。
「……」
「トイレ妙に長いから、どうしたのかなって思って」
やめて、先輩と同じ声で喋らないで。
心配そうに眉を下げる。やめて、先輩と同じ仕草をしないで。
「……何もない、ですよ」
「そう?」
「戻るです」
「うん」
何も聞かない。あくまでも優しい。どこまでも優しい。尚人先輩と同じだ。
やめて、やめてやめてやめて。今思い出したら泣いてしまう。
「比奈ちゃん……?」
「ふ……なんですか」
「いや、泣いてるように見えたから」
「泣いてないですよ」
「そう、それならいいんだけど」
席に戻ると、きららが心配したように「大丈夫?」と聞いてきた。頷き返して、成沢先輩を盗み見る。
笑い方もそっくりだ。でも、先輩が笑うときに右頬にできるえくぼはない。口を開けると八重歯がのぞく。先輩は歯並びもよかった。身体の線は、尚人先輩のほうが細かった。成沢先輩は先輩に比べたらがっしりしている。身長は先輩より低い。全然違う人。でも、似てる人。
「比奈?」
「ふ?」
「それお酒ですけどぉ」
「あっ、あれっ?」
甘いジュースのようなそれを、きららはお酒だと言った。半分くらい飲んじゃったよ。なんでもっとはやく言ってくんなかったの。
あ、なんか頭がふあふあする。気持ちいい。
「きららあぁ」
「げ、チューハイ半分で酔えるなんて安すぎ」
「きらら好きー」
「え」
「あ」
きららの頬にキスをする。柔らかくていいにおい。先輩や梨乃とは違うけど、気持ちいい。
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