ドアは涙の音で閉まる
05

「もう自由登校なのに、先輩毎日来てるよね」

 まあ理由は分からないでもない。あたしたち二年生は自由登校なわけがないから、比奈に会いに来ているのだろう。現に、真中先輩も旭先輩も日野先輩も、姿を見せない。真中先輩は就職が決まったらしく、髪を脱色するのをやめてあのロン毛も短く切ったそうだ。比奈は一度それを見たらしい。あたしもちょっと見てみたい。

「先輩ずっと屋上にいるんだよー」
「なんでこの寒いのに」
「落ち着くんだって!」
「ふうん……」

 比奈が空元気なのが見て取れる。先輩との別れは刻々と近づいているのだ。無理もない。
 明日は卒業式がある。卒業式の十日後、先輩はイタリアへ行く。ついでに、拓人さんも。……いろいろ考えた結果、やっぱり拓人さんに当たって砕けることはできなかった。尚人先輩も大概へたれだが、あたしだってそんなに度胸はなかったというわけだ。意気地なしの自分が死ぬほど憎い。
 午前授業だったので、昼休みのチャイムと同時に皆が帰る準備をはじめる。先生が教室に入ってきて、ホームルームをはじめる。と言っても、取り立てて言うこともなく、早々と解散となる。

「比奈は屋上行きまーす! ばいばい梨乃!」
「また明日ね」

 慌しく鞄を引っ掴んで教室を出る比奈をのんびりと見送る。それから、自分も帰る用意をして立ち上がる。
 と、マナーモードにしていた携帯が震えてメールを受信した。それは拓人さんからで、これから会えないかという内容だった。断れば、いいのに。断れれば、それだけの強さがあればいいのに。彼は甘い麻薬のように深くあたしの中に根を張っている。逆らえない。そんな気にさえさせる。これが惚れた弱みってやつなのか。
 今日こそ当たって砕けてみるか。あたしは、右手をぐっと握って教室を出た。