ドアは涙の音で閉まる
04

「誕生日、おめでと」
「ありがとございます……んっ」

 時計がてっぺんを回った。うっすらと寒い室内で毛布をかぶって比奈を足の間に抱き、後ろから耳元でそう囁いた。お礼を言った比奈の身体を反転させて、唇をかぷりと噛む。舌を絡めると、歯磨き粉の味がした。キスを受けるのに精一杯になっている比奈が着ている俺のシャツの隙間から手を入れると、ぴくりと身体が跳ねた。それでも、俺の手を受け入れてくれる。抵抗されなくなるまでに随分時間をかけた。

「大好きだよ」
「ん……比奈も」

 愛してるなんて言えない。言った瞬間それはぼろぼろと砂の城が波にさらわれて崩れてしまうかのような、陳腐な言葉として落ちただろう。依存なのだ、これは。愛してるなんて、口が裂けても言うことはできない。だから代わりに大好きだと囁く。今の俺が選べる中で最上級の愛情表現だ。
 没頭しようとすればするほど、余計な思考が邪魔をしてくる。最近ずっとそうだ。比奈とのセックスに集中できない。彼女はきっと気づいていないけど、問題はそんなことじゃない。彼女が気づいているか否かじゃなく、自分自身の問題なのだ。
 ああ、いっそのこともっと動物的であれば、こんな無駄なことを考えずに済むのだろうか。
 頭が痛い。欲望と思考が闘い合っている。違う、もっと、目の前のことに集中しなくては。比奈の身体を丁寧に愛撫して、自分の興奮を煽る。もっと、もっともっと、比奈だけのことを考えて。
 スッとみぞおちが冷たくなる。駄目だ。集中しろ。
 比奈のそこに自分の張りつめたものを宛がい、静かにゆっくりと侵入する。比奈は目を瞑ってそれを受け入れる。

「痛い……?」
「んん、へい、き」

 身を引いたり押し付けたりを繰り返す。頭に血がのぼって、他の考え事を一掃してくれる。今頭の中にあるのは比奈のことだけだ。ゆっくり引いて、入れて、その繰り返しを段々速度を上げていく。

「……比奈」

 どうしてだろう、名前を呼ぶと、泣きそうになった。涙の代わりにぽたり、比奈の額に汗が滴り落ちた。