ドアは涙の音で閉まる
03

 もう比奈は、俺がいなくなることを納得しているのだろうか。一抹の寂しさが胸を突く。自分勝手だ。最後まで縋ってほしいと思っている。
 ぽつぽつと話をしながら、俺のアパートにたどり着く。階段を上りながらジーンズのポケットから鍵を出して振る。ちゃらんと安っぽい音がした。

「はい、どうぞ」
「お邪魔しまぁす」

 もたもたとローファーを脱いだ比奈が、タマ、と囁く。そうだ、タマとの別れでもあるんだな。いろんな別れを経験してきたけれど、今ほどつらい別れはない。
 紅茶を淹れながら、ぼんやりしていると、比奈がキッチンに入ってきた。

「先輩! 時間過ぎてるですよ!」
「え、ああ、うん」

 少し濃い目に入ってしまった紅茶とマグカップふたつを持ってローテーブルに置く。後ろから比奈が牛乳パックを持ってとたとたとついてくる。
 マグに紅茶を入れてやると、それにとぽぽと牛乳を注いで、来た道を引き返して少しすると、冷蔵庫の開け閉めの音がした。そして、軽い足音がこちらに戻ってくる。

「ちょっと苦くなっちゃったな……」
「比奈ミルク入れたもーん」

 自慢げにミルクティーを一気飲みした比奈が、けふ、と小さなげっぷをして、苦い、と呟いた。

「砂糖使う?」
「駄目! 比奈今ダイエットなの!」
「え? 必要ないよ……」
「おなかがぽっこりなの!」
「胃下垂だからしかたないんじゃない?」
「むー……」

 自分のおなかを押さえて俯いた比奈は、むむむと唸りながら、じゃあお砂糖入れる、と諦めたように呟いた。

「はい」
「ありがとです」

 シュガースティックを渡してやると、それを鼻歌交じりにミルクティーに入れてスプーンでくるくる回す。
 あと何度、こうして彼女を穏やかな気持ちで見つめられるだろうか。あと何度、この指どおりのいい髪の毛を撫でることができるだろうか。あと何度……、もう、やめよう。考えるだけで涙が出てきそうだ。
 頬杖をついて比奈を見ながら、俺は静かに息をついた。